きれいなほうと呼ばれたい / 大石圭

きれいなほうと呼ばれたい / 大石圭電子本が近々出るとはマッタク知らずに紙本で購入してしまいました(徳間でも電子本が出るのであれば次回はジッと我慢の子で電子本を狙います)。タイトルはちょっと偽りアリ、というか誤解を招いてしまうもので、ジャ帯に『ヒロイン鈴音の揺れる女心――「本当?手術してもらえばあの娘よりもきれいになれるのかな?」』とあるものですから、ヒロイン鈴音と「あの娘」の二人の女性に美容外科医が絡んでくるものかと勘違いしてしまったんですけど、物語は美容整形外科医とヒロインの二人の心理描写を交互に配して展開していきます。

物語をざっとまとめてしまうと、フィットネスクラブの受付でバイトをしている田舎上がりの醜女が、クールな美容整形外科医に見初められ、全身整形を受けて彼の愛人となるのだが、――という話。タイトルにもある「きれいなほう」というのは、物語の前半でチョロッと出てくる、バイト先の受付嬢のことで、ヒロインの鈴音は彼女と比較されるのを嫌っている。そこへ美容整形外科医の突然の登場によって彼女の人生は一変するのですが、この整形外科医は横浜にある病院の院長とはいえマスオさん。院長の娘である嫁はブルドックのような中年の傲慢ブスながら、二人の間にはシッカリと子供がいるというところが伏線で、彼は愛人契約して整形手術を受け入れたヒロイン鈴音としっかりとコトに及ぶものの、彼女が綺麗になるまでは大人のオモチャで我慢、と妙なところでストイックなところがあったりと、いかにも大石ワールドにふさわしい偏執キャラで魅せてくれます。

物語は見事、彼女の全身整形を成功し、愛人としても幸せな毎日を送っているところへ、彼女に思わぬ不幸が襲いかかる、というところから次第にイヤーな方向へと堕ちていくのですが、それと同時にブス時代には引っ込み思案だった彼女が、超絶な美女に変身するや、一人の女性として自立していく過程を、彼女の内心と整形外科医の視点の双方から丁寧に描き出した構成が素晴らしい。

性格に問題アリと思っていた整形外科医の方にも一応それなりの過去があって、その背景には従来の大石小説の男性主人公にも通じるモノが感じられるため、途中まではヒロイン鈴音と彼との二人の幸せを願いつつ読み進めていったのですが、次第に男が本性をあらわにしていくところから、読者の感情は俄然ヒロインの方へと傾斜していくに違いありません。

ブルドック妻という伏兵が控えているため、この女が絶対に何かヤらかすだろうと思っていたら案の定、――という期待通りの展開のあと、大石小説らしい「絶望的なハッピーエンド」になるかと思いきや、……一見するとハッピーエンドどころか、絶望しかないんじゃないか、という結末にやや唖然。しかしながら、もう一度ようくこの結末を俯瞰すると、大石小説らしい「共に生きていく」ことを決意したヒロイン鈴音の未来を予感させるラストは、やはり「絶望的なハッピーエンド」といえるような気がしてきました。

鈴音は大変なもの失ってしまいましたが、その代わりに全身整形によって究極の美を得、さらには醜女時代には考えられなかった自立した心をも獲得したわけで、さらにはこれからの彼女の生きる支えになっていくであろうものと「共に生きていく」強い意志があるからには、確かにこの物語が終わる刹那は「絶望的」にしか見えないものの、彼女の未来は同時に「ハッピーエンド」でもある、――というふうにも見えるわけで、この結末については、是非とも読者自らが手に取って考えていただきたいと思います。

大石小説に期待されるサンプリングを効かせた官能シーンですが、こちらはもう文句なしで、口虐待はもとより、肛虐にもしっかりと配慮した構成には官能小説としても十分に満足しえる出来映えで、今回はそこへさらに整形美人が完成するまでナマ挿入はナシと、さながら修行僧のような固い決意をしてみせた整形外科医がオモチャを用いて醜女をイかせるシーンが鏤めてあったりと見所も多く、こちらの方でも愉しめること請け合いです。

男女の心情に焦点を当てて展開される前半部から、ヒロインの心情にドップリと感情移入できる構成へと変化を見せる中盤、さらには小さな破綻がやがて大きな破滅へと流れていく後半の息詰まる構成も素晴らしい本作、大石小説の大ファンはもちろん、ちょっとエロチックなサスペンス小説を読みたいッなんてビギナーでも十分に愉しむことができるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。