皇冠のサイトに公開された第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞入選作『H.A.』のあらすじと解説

先日から取り上げている第四回噶瑪蘭島田荘司推理小説賞入選作ですが、皇冠のサイトに三作のあらすじと作者紹介、選考委員による解説と選評が公開されたので、また例によってざーっと日本語にしてみました。作者は1990年生まれの25歳(若いッ)。御大が絶賛していたこともありますし、これは新世代の奇才誕生の予感――。

『H.A』

『H.A.』――それはオンラインゲームの革命。
バーチャルな快感と高度な人工知能によってもたらされる夢のような体験をあなたに――だがそのゲームが公開される前に、あなたはまず三つの殺人事件の謎を解かなければならない……。

[あらすじ]
 ゲーム業界から長らく遠ざかっていたデザイナーの朱成壁は、大規模オンラインゲームH.A.の総合プロデューサーとして再出発することを決意する。H.A.の研究開発には巨額の投資が行われたものの、このゲームはついに公開されることはなかった。その理由は、H.A.に初期段階から開発に参加していた李詩荘が課金方法について頑なに態度を変えないことが原因だった。朱成壁と李詩荘はH.A.の課金方法について意見を交わしたものの、二人の考えの隔たりは大きく、その溝が埋まることはもはや不可能ともいえた。
 二人の対立は決定的となり、李詩荘は朱成壁をプロデューサーとして受け入れることはできないという。そこで李詩荘はオンラインゲームによって勝敗を決し、負けた者は会社を去り、勝った者がH.A.のプロデューサーとしてとどまることにしてはどうかと提案する。
 H.A.のゲーム空間は、PvE(Player vs Environment)と、PvP(Player vs Player)という二つのエリアに大きく分かれている。PvEにおいてはお互いを攻撃することはできず、また負傷することもない。一方、対人戦が行えるPvPではそれが可能となる。
 ゲームのルールは極めてシンプルだ。朱成壁は二人のメンバーとともに、ゲームの中のキャラクターを操り、「犯人」を演じる。一方、李詩荘も同様に二人のメンバーとともに「探偵」と「被害者」の役割を演じることになる。
 朱成壁は、対人戦を行うことのできないPvEにおいて、李詩荘のメンバーを殺害する。そして李詩荘は、自分がこの巨大な「密室」において、どのような奇想天外な方法によって殺されたのかを推理する。かりに李詩荘がその方法を看破することができなかった場合、彼は負けとなり、ゲームは朱成壁の勝利となる。
 毎回、朱成壁が探偵グループのメンバーを「殺害」すると、そこでいったんゲームは終了し、その後、推理タイムが設けられる。この間に探偵グループは殺害方法の推理を行い、回答を用意しなければならない。
 物語は大きく三幕に分かれている。「白銀一角獣処刑の宴」、「星明かりもて黄泉の河を渡る」、「世界樹の焔は永久に」――これらのゲームにおいて、朱成壁は三度の犯行を成し遂げ、李詩荘がそれに対しての謎解きを行う。そして李詩荘はシステム内部の陥穽を突いた戦いを続けるうち、五年をかけて育て上げたH.A.のシステムには多彩な世界が隠されていたことを知るにいたるのだった――。

[作者紹介]
薛西斯(クセルクセス)
台湾・高雄在住、1990年生まれ。趣味は読書、イラスト、ゲーム。
今回この賞に参加しようと思ったのには、二つの動機がありました。その中でも最も大きなものは、私がとにかく熱狂的な島田ファンだからです。第二に、「いわゆる21世紀本格」と呼ばれるテーマに大変興味を抱き、自ら取り組んでみようと思ったのです。

[『H.A.』解説]
◎PChome Online董事長 詹宏志
H.A.とはゲームの名称であり、そこにはある重要な意味があるのだが、ここでは読者の興趣をそがないよう、ここでは触れないでおくとしよう。今少し詳しく説明を加えると、H.A.はVRMMO(仮想現実大規模多人数オンライン)のひとつであり、人工知能によってNPC(Non-Player Character)と呼ばれるゲームのキャラクターとその行動をつくりだしている。ゲームの中には七十五もの大都市や、三百個に及ぶ小さな村が存在し、それぞれが独特な風景を持っている。すべての都市には独自の歴史が設定されており、また様々なキャラクターの挙動がプログラムされている。PvE(非戦闘エリアで、ここで誰も死ぬことはない)が三つ、PvP(戦闘エリア、ユーザはここで対人戦を行うことが可能で、それぞれの得意技を用いて闘うことになる)は七つ用意されている。
 
こうした小説の背景において、プログラミングされた環境とその制御によって本格ミステリーならではの事件が発生することになるわけだが、そこで行われる謎解きの方法もまた、その「社会」に沿ったやり方が必要となっている。作中においては現実と虚構のシーンが織り交ぜて展開されるが、現実世界においては、ゲーム会社で働く二人のクリエイターが、自らの考えを譲らないまま、それでゲームの勝負によって雌雄を決しようということになる。ひとたび戦いが始まるや、それぞれのグループはゲームの世界でキャラクターとなり、狩りのごとき殺人行為が展開されるわけだが……。
犯人チームはPvE内部という非戦闘エリアで殺人を行わなければならない。一方、探偵チームは仲間が殺された場合には、七日以内にその犯行方法を突き止める必要がある。もし探偵チームが犯行方法を見破ることができない場合には、犯人側の勝利となる。探偵側はゲーム終了時に、仲間が殺されないまま生存しているか、あるいは全員が殺されてしまったとしてもその方法を見破ることができれば、探偵側の勝利となる。これが本作で展開されるゲームのルールである……。
 
作中における主要登場人物たちは、現実世界ではゲーム会社に籍をおく一方、ゲーム世界でも活動をしているわけだが、現実世界とバーチャルなゲーム世界のそれぞれにおいて彼らの闘いぶりと互いの動勢が描かれている。本格ミステリーにおける「事件」とそれに関する事象、さらにはトリックの「ほとんど」はゲーム世界のプログラムに基づいているため、読者はゲームのロジックを用いて事件を解かなければならない。
 
現実世界の人物がこうしたコンピュータの世界に入りこむ趣向の物語は、決して真新しいものではない。こうした作風で歴史的にも意義のある作品は、1982年のディズニー映画の『トロン』にまで遡ることができるだろう。もっとも若い世代であれば、キアヌ・リーブス主演の『マトリックス』三部作の方が馴染みが深いかもしれない。現実世界の人間がバーチャルの世界へと侵入し、造物主や、特殊な技能や特質を与えられた被造物主となる。彼はコンピュータによって操作するキャラクターとして行動し、バーチャル世界が生みだしたものをもまた受け入れることになる(本作は、『マトリックス』のようなものではない。読者はゲーム世界で殺されようとも現実世界で死亡することはない。ただ神経系を通して痛覚を刺激することで、そうした死を模擬体験することになる)。
こうした真実なのかあるいはバーチャルなのか判然としない「平行世界」は、様々な物語の展開を生みだし、新たな趣向を拡げていく可能性を秘めているといえよう。現実世界におけるあまたの事件を眺めると、非常に”リアルな”コンピュータ世界の事件は、読者にもまた新たな感覚をもたらすに違いない。
 
 
[二次選考選評]
◎PChome Online董事長 詹宏志
『H.A.』は傑出した作品であり、その物語の背景もまたしっかりと構築されている。作者はゲーム産業とそのロジックにも知悉しているようだ。広大にして複雑な構成を持ったゲーム世界についても、作者は落ち着いた筆致で、あたかも現実にあるかのように細部にいたるまで描いている。このテーマに対する取り組み方と物語世界の描写力を見るだけでも、彼女はさらなる創作に励んでくれるだろうと期待できるのではないか。作中の登場人物の設定(これは現実世界とバーチャル世界の双方にだが)や会話、物語の展開などを私が再考するまでもない。未来を待たずして、すでに私たちの眼の前にはこの傑作があるのだから。