黄金夢幻城殺人事件 / 芦辺拓

傑作。「黄金」と「夢幻」に「城」をくわえてさらに「殺人事件」と、これ以上はないッというくらいに大仰なタイトルから、かつての探偵小説が持っていためくるめく物語の愉悦をギュギュッと一冊の本に凝縮した風格、――と確かにその通りではあるのですが、本作の魅力はそれだけではありません。そうしたかつて物語の愉悦の復権といった方向性は十二分に感じつつも、読後感は「そうした」小説が醸し出すノスタルジーとも異なるものでありました。このあたりは後述します。

収録作は、――といっても、本作は書き下ろしである冒頭の「黄金夢幻城」と最後を飾る「『黄金夢幻城殺人事件』殺人事件」に短編とショート・ショートをはさみこむことで、虚実を交錯させた大伽藍を現出せしめた破格の構成がキモ。そういう意味では、フツーの短編集と大きく異なるわけですが、ここでは便宜上、収録短編について簡単に述べておきますと、時代劇と少年探偵と怪人が虚と実の中で華やかな物語を演じてみせる結構に、世界の反転という外連まで添えてみせたゴージャスな一編「黄金夢幻城」、リーマンから捜査官へと転身した男の視点が、社畜の悲哀と煉獄を炙り出す「中途採用捜査官:忙しすぎた死者」。

チェーン店のファミレスでの奇妙なやりとりを見かけていたヤングたちがアリバイトリックに挑む「ドアの向こうに殺人が」、芦辺小説ならではの「物語」性溢れる趣向の中華モンにミステリらしい外連を凝らした「北元大秘記――日本貢使、胡党の獄に遭うこと」、歴史上の人物や古典の改変に芦辺ミステリらしい反転の技巧が冴え渡る珠玉のショート・ショート「燦めく物語の街で」、劇本形式で進行するミステリに虚実の交錯の技法が炸裂する「黄金夢幻城殺人事件」、そしてこの舞台劇を取り込みながら、「一冊の本」としての形式をフル活用して「物語」の大伽藍を現出させた「『黄金夢幻城殺人事件』殺人事件」。

書き下ろしとなる冒頭の「黄金夢幻殺人事件」は、作者の前口上とともにいきなりチャンバラから始まり、いったいどうなるのかと思って読み進めていくと、今度は少年探偵と怪人のシーンへと変わり、――と二つの物語を併走させながらも、やがてこれらは「黄金夢幻城」という物語の舞台をはさんでひとつに繋がっていきます。

虚構の中の虚構というメタ的趣向溢れる、芦辺小説ならではの魅力的な構成によって、この二つの物語が連関した瞬間に明かされる真相は、「演じる」ことと観客という「見る」側の視点を意識した巧妙なもので、これを繙いていくための消去法の推理も明快にして秀逸。さらにはこの「皮肉な復讐」を企てた犯人の「術」による事件が、再び最後の「『黄金夢幻城殺人事件』殺人事件」で変奏される構成も心憎い。

「中途採用捜査官:忙しすぎた死者」は収録作の中では、青春風味もナッシングだし、「黄金」に「夢幻」に「城」という大仰なタイトルとはもっともほど遠い風格ながら、チラッと少年探偵が姿を見せたりする遊び心も添えつつ、風刺と社会批判といった芦辺ワールドのもう一つの特色を強く押し出した一編です。リーマンから捜査官へと転身した探偵が被害者を死の直前に目撃していたという設定ながら、ここでは元リーマンという「探偵」だからこそ見抜くことができた、残酷にして――「鬼」畜ならぬ「社」畜な真相が相当にアレ。

「北元大秘記――日本貢使、胡党の獄に遭うこと」は、中華モンらしい物語性が魅力ながら、その実、ある本格ミステリ的なトリックを用いた結末はかなりエグい。それにしても『黄金夢幻城殺人事件』という一冊の中の作中作における様々な文体の使い分けは本当に見事。

ショート・ショートをズラリと取りそろえた「燦めく物語の街で」は、そのボリューム感だけでもお腹イッパイになれる趣向ながら、ここでは星新一とか眉村卓など、子供時代に読んでいた物語を思い出して懐かしい気分に浸りつつ、……その一方で、ここに収められているショート・ショート群はそうしたノスタルジーだけではない、魅力をも放出しているように感じられます。

名作を改変して巧妙な風刺へと昇華させたこれらの掌編には、新本格に強く感じられた世界の反転の技巧がふんだんに凝らされています。そうした技法が芦辺小説における虚実の交錯と絡み合い、さらには『黄金夢幻城殺人事件』の作中作ともなることで、名作の「実」が改変によって「虚」へと反転する結構をよりいっそう魅力的なものに見せているところが素晴らしい。

そして物語は「黄金夢幻城殺人事件」へと進み、我らが「森江春策」も登場してのミステリ劇を見せてくれるわけですが、もちろんフツーに展開する筈がありません。『グラン・ギニョール城』的な帰結を見せて、一冊の物語としての『黄金夢幻城殺人事件』は幕となるかと油断していると、再び物語は「『黄金夢幻城殺人事件』殺人事件」によって虚へと転じ、「黄金夢幻城」の「物語」へと回帰しています。しかしこれまた最後の最後で、――とここまでやれば、ややもするとやりすぎに感じてしまう虚実の交錯が見事に着地してしまうのは、少年探偵をはじめとする虚の登場人物たちの魅力とともに、本格ミステリーに期待される技巧の凝らされた仕掛けがそれぞれの反転にシッカリと織り込まれているからでしょう。

さらにいえば、恒例の「あとがき――」あるいは好事家のためのノート」(今回は好事(劇)家となっています)ですが、「ウロボロス」的な虚実の交錯を交えた本作だからこそ、敢えて今回はこの「あとがき」をも、『黄金夢幻城殺人事件』に収録された一編の「作品」として堪能するのが吉、でしょう。それでこそ、この「あとがき」の「そして、何よりこの本を手にしていただいた読者のあなたに」ではじまる最後の文章が効いてくるのではないでしょうか。

で、冒頭にチョッとだけ触れていた、「黄金」に「夢幻」に「城」といった復古調の舞台装置や物語展開を持たせつつも、本作がかつての探偵小説へのノスタルジーとも異なる読後感をもたらすその所以ですが、――思うに本作は、本格ミステリーという器におさまりきらない、芦辺小説の「すべて」が詰め込まれているからではないカト。

本作には「かつての」探偵小説だけではない、上にも述べたような星新一や眉村卓といった、乱歩とともにあのころ夢中に読みふけったSF小説の魅力までもが凝縮されています。かつての探偵小説が当たり前のように持っていた豊穣な物語性の魅力にくわえて、乱歩から社会派から新本格から現代本格に至るまでに洗練された技巧がふんだんに凝らされているとなれば、本作を読むという行為は、自分のような世代にとって、少年時代からの現在に至るまでの読書のすべてをこの一冊だけで再体験することにもなります。

別段重厚な一冊というわけでもないのに、あとがきの最後の一行を読み終えたあとに感じられる心地よい疲労感もおそらくはその故に違いなく、ただ物語の面白さだけを求めて夢中に小説を読みふけっていたあのころを思い出させてくれる本作は、自分のようなロートルだけではない、頭デッカチな現代本格にチとウンザリしつつあるヤングでも、少年少女時代に感じた興奮と愉悦を再体験できるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。