エクサスケールの衝撃 次世代スーパーコンピュータが壮大な新世界の扉を開く / 齊藤 元章

エクサスケールの衝撃 次世代スーパーコンピュータが壮大な新世界の扉を開く / 齊藤 元章刊行されたときからずっと気になっていて、bk1のカートに入れっぱなしだった本作。いつの間にか電子書籍で出ていることに気がついて購入するも、そのボリュームと内容ゆえ、読了するまでにはかなりの時間を要しました。小説ではないし、ミステリともマッタク関係はないのですが、大変興味深い一冊で、個人的には、最近刊行された台湾ミステリの一冊を読了してからずっと続いているモヤモヤの正体を解き明かすヒントが隠されているような気もするため、備忘録代わりに感想を書き留めておきたいと思います。

内容をバッサリと簡単にまとめてしまえば、次世代スーパーコンピュータが登場することで、前特異点を迎えた近未来社会においては多くの問題が解決し、人類は「不労」と「不老」を手に入れる。そこまでの過程と未来図を多くの事例とともに解き明かしてみせたのが本書、――という感じでしょうか。

レイ・カーツワイルの言説や考え方をもベースとした説明も、SF読みの人であれば簡単に理解できるのでしょけれども、自分のようなボンクラにはさらりと書かれてある一文を素直に受け止めるだけでもそれなりの苦行を必要としたのもまた事実で、例えば「ほんのわずかでも高速の限界を超えることができれば、超高速の能力を活用することは間違いない。我々人類の文明が、残る宇宙空間にその創造性と知性を浸透させ得る速度が速いか遅いかは、高速というものがどれだけ不変のものであるかに依存するのだ」なんていう文章などがその典型でしょうか(高速を超える???……と思考停止)。

とはいえ、トンデモにしか見えない未来図の素晴らしさと恐ろしさの印象は鮮烈で、確かにこういう技術が次世代スーパーコンピュータによって実現すればそうなるカモしれないカモしれない、カモよ、……という気がしてきます。特に次世代スーパーコンピュータの登場によって「不労」が実現した暁には、「富」や「金」に対する価値観がまったく変わってしまうという未来図は面白くもあるのですが、ボンクラの自分にはやはりこれを悪用しようとする人間が出てくるんじゃないノ、と不安になってきてしまう。とはいえ、作者はそこでも、心配ご無用、そうした悪巧みもすべて次世代スーパーコンピュータに登場によって一掃されるヨ、と言われてほっと胸をなで下ろ、……せるわけもないところがちょっとアレ(苦笑)。

思うにこうした未来図をディストピアと見るか、それとも素晴らしい世界と手放しで受け入れることができるかどうかは、あくまで個人的な感想ではありますが、読者が「天才」か「凡夫」かによって大きく異なるような気がするのですが、いかがでしょう。紛れもなく作者は「天才」側の人間であり、科学技術の発展が人類の意識革命を促し、社会が明るい方向へと進化していくことに疑いを持っていないわけですが、そういう「天才」の純粋さや単純さにつけいり、悪巧みを働く「凡夫」のワルが存在することもまた事実ではないか。そしてまたえてして「天才」は自らが「天才」であるがゆえに、そうした「凡夫」の心の中に巣くう「悪」の存在に気がつかず、また「凡夫」のワルはまたそうした「天才」に決して気取られることなくその才能をいいように利用して、社会を悪い方、悪い方へと導いていった結果がいまの社会の姿ではないのか、――などと「凡夫」の自分は否定的に考えてしまうのでありました。次世代スーパーコンピュータによって、「不労」が実現した近未来社会において、人々は「利他の精神」によって行動するようになると作者は述べているのですが、やはりここでも「悪」の存在はないものとされている。もちろん本書の後半においては、いくつかの「悪」の事例を予想しつつ、だからこそ次世代スーパーコンピュータの開発実現においては、日本が世界をリードしていく”べき”という主張へと繋げていきます。

「人々は自らの娯楽や趣味や旅行、あるいは贅沢品のために働くのではなく、誰か他の人のために働きたい、誰か他の人に喜んでもらいたいと考えるようになるケースが、少なからず出てくるはずである。そして、その行動は広がっていき、浸透していくことが期待され、人類はそうした「善意の無償の労働」に喜びを見出し、「不労」から解放された人類は、「知的好奇心の探求」に多くの時間を費やすようになる。そして「全人類の多様性は極限まで追求され」た挙げ句、「驚くほどの数多くの天才、奇才、異才といった才能が出現することにな」り、「それらの本当に飛び抜けて、これまでの人類の常識ではとうてい受け止められなかったようなレベルの天才、奇才、異才の出現は、我々人類を、さらに異なった新次元に導いてくれる」――と作者は言います。しかしここまでも、「驚くほどの数多くの天才、奇才、異才といった才能」でもない、おそらくは未来においても大多数であろう凡夫は、果たしてそうした限られた少人数の天才たちに嫉妬したりしないのかナ、――などなど、天才の側には決して入ることのできないボンクラの自分は考えてしまうのでありました(爆)。

もちろん次世代スーパーコンピュータによって科学技術が極限まで発達し、社会全体を大きく変えてしまうと同時に、すべての人類の感情や思考も進化し「利他の精神」に社会に参画するようになればマッタク問題はないのですが、……どうもSF脳ではない、ミステリー脳の自分は、「天才」の夢想するこうした素晴らしき未来図には、悪いことばかりを妄想してしまうところがちょっとアレ。

とはいえ、来るべき前特異点の未来図は相当にワクワクさせられるし、「不労」を実現させるために必要なフリーエネルギーの説明などは、「天才を悪用しようと目論むワルがいなければ、これは明るい未来になるゾ……」と確信させてくれるだけの強い説得力もあり、大変愉しむことができました。同時に「天才」たちが夢想する未来に、我々凡夫たちはどう備えなければならないのか、という歪んだ(苦笑)思いをも抱かせてくれる本作は、前特異点に向けての現在進行形で行われている最先端科学のレポートであるとともに、SF読みには夢を、そしてミステリー読みには異世界本格のネタの宝庫といえるのではないでしょうか。かなり、かなり、オススメです。