殊能将之 未発表短篇集 / 殊能 将之

殊能将之 未発表短篇集 / 殊能 将之大森望氏の解説に曰く、現在の講談社文三部長が「古い書類を詰めた段ボール箱の中から発見したもの」を収録した未発表短編集で、犬嫌いの男の近所に引っ越してきた住人の飼い犬を交えてトンデモないことに巻き込まれる男の受難「犬がこわい」、ヤクザどもの逃走・追跡劇かと思いきや、その意想外な背景に腰を抜かす「鬼ごっこ」、亡くなった妻を魔術で降霊させようと試みる男とその友人「精霊もどし」の三編に、「ハサミ男の秘密の日記」のをくわえた一冊です。

いずれも、ギンギンに本格ミステリーしている作風ではないのですが、冒頭の「犬がこわい」からして、転調を添えながら物語の背景を一気に明かしてみせる構成が面白い。タイトル通りに犬がこわい主人公が、最近引っ越してきた隣人の飼い犬にビクつきながらも文句を言いにその家を訪ねていくと、――という中盤で、イッキにトンデモない事態が明かされて収束へと突き進んでいく展開の心地よさ。筒井康隆とかの上質な短編にも通じる一編でしょうか。

続く「鬼ごっこ」は収録作の中では一番のお気に入りで、ヤクザどもが暴虐を交えて逃げまくり、追いかけまくる風格や登場人物からして平山夢明っぽいナー、なんて軽く読み流していたら、最後の最期でこの”鬼ごっこ”の壮大な背景が明かされるという趣向がイイ。この大ぶりは『黒い仏』の作者らしいナ、なんてニヤニヤしてしまった次第です。

「精霊もどし」は、愛する妻を亡くした男に乞われて、妻の降霊に付き合わされた男の物語。魔術が失敗に終わったかに見えて、――そこから変異をさりげなく描いて転調へと繋げていく構成がうまい。なるほど、この作者であれば怪談ネタをこう話しにもっていくか、と関心至極の逸品でした。

「ハサミ男の秘密の日記」は、作者の処女作である『ハサミ男』をメフィストに投じてから、それが本になるまでのいきさつを綴った内容なのですが、デビュー前から病弱で色々と大変だったことが察せられる内容が胸に迫ります。そしてこの本をシメる大森望氏の解説が素晴らしい。殊能氏の本名を明かして、若い頃からその才能を遺憾なく発揮していたその来歴が色々と語られてい、作者のファンであれば必読といえるのではないでしょうか。薄い本にもかかわらず箱入り装幀でその内容は未発表の短編集、とかなり特殊な一冊ではありますが、大森氏も解説で語っている通り、作者の創作の軌跡を時系列で辿ることで、”ここ”からデビュー作までの大いなる飛躍を体感するという意味で、本書を読んでからはじめて『ハサミ男』を手に取る、というのもそれはそれでアリな気がします。作者のファンであれば文句なしに買いでしょう。おすすめです。