面白いという感想以上に、とにかく凄い、としかいいようがないトンデモな怪作。ジャケ帯には「これぞ暗号ミステリの最高峰!」とある通りに、涙香が残したとされる暗号を解読するのが眼目ながら、一応コロシもあるヨという点ではフツーのミステリとしても愉しめます。
物語は、旅館の一室で碁の対局中に発生したとおぼしき殺人事件の現場に居合わせた牧場智久が、涙香の隠れ家が発掘されたのをきっかけとして、その建物に凝らされたいろは暗号の解読に関わるうちその現場でもコロシが発生し、――という話。
冒頭に描かれたコロシがやがて涙香の暗号と繋がっていくのは期待通りで、コロシを交えた本格ミステリとしては定番の展開を見せていくのですが、本作ではそうした定石の展開は正直どうでもよくて(爆)、なんといっても涙香の隠れ家から見つかった「最高難度の暗号」のつくりこみの凄まじさに瞠目、四八首のいろは歌とその解読によって姿を見せる歌、そこからさらに、――といった解読の外連はまさに「迷宮」と呼ぶにふさわしい。また本作で披露されるこの暗号の魅力は、しっかりとした意味を持った絢爛たる四八首という数の多さを誇りながら、解読の過程で見えてくる規則性とその美しさにあり、これ、作中ではもちろん涙香がつくったということになっていて、実際、登場人物達が涙香はこんなに凄いひとだったんだヨ、と教えてくれるものですから、それだけの奇人天才だったら、こんな奇妙な暗合をつくってもおかしくないよナ、……なんて読み進めていくうちに見事に欺されてしまうのですが(爆)、この「迷宮」のごとき構造を持ちながら、存外にすっきりとした真相が導かれるスマートな「解法」とともにこの「謎」をこねくりだしてしまったのは作者である竹本氏なわけで、いったい氏の頭の中はどうなっているのかともう、とにかく驚き、呆れるしかありません。
作中では、涙香凄いッ! 智久君凄いッ! と天才を賛美する登場人物たちの言動がやや鬱陶しくあるのですが、実をいえばこのあからさまなヨイショぶりが冒頭のコロシにも絡んでくる趣向が心憎い。また謎解き以上に、謎の創出には超絶技巧を要することが明かされる幕引きも見事ではあるのですが、ある謎だけは投げっぱなしでアッケラカンと終わってしまうところに妙にモヤモヤした読後感を覚えてしまったのは自分だけではない、――と思いたいところであります。
装幀や本の厚さから重量級の本格ミステリかと尻込みしてしまいそうになるかと推察されるものの、嵐の山荘状態で人死にが出ても涙香凄いッ!智久君凄いッ! と存外に暢気な登場人物たちの軽妙な会話が進むうち、「最高難度の暗号」が明快に解きほぐされ、おまけに件のコロシの真相もあっさりと明かされてしまう構成と読み口の軽さから気軽に手に取って愉しめる一冊といえるでしょう。軽妙さ面白さを兼ね備えながら、それ以上に、作者の狂気のごとき凄みを感じさせる本作、作者のファンならずとも、暗号ミステリに興味のあるマニアであれば迷わず買い、でしょう。オススメです。