最近は電子書籍リーダーをPRS-T2からXperia Z3 Tablet Compactへ更新したのをきっかけに、以前Reader™ Storeで買ったものの積読してあったものを消化中です。紙本もしこたま段ボールに積みっぱなしなのですが、眼の方がもう少し恢復するまでこちらは寝かせておくとして、――本作は、かなり昔に買ったもののそのままにしていた一冊。収録作のほとんどはバリバリ昭和時代のリーマンがフとしたことをきっかけに異世界に迷い込んでしまうというお話でした。
「ぺらぺらの名刺」は、とあるバーで「人生、こんなものなのかなあ……」なんてボヤいていた単身赴任中のリーマンが、ある男から名刺をもらったことをきっかけに、会話不成立の世界へ彷徨いこんでしまう、という話。タイトルにもある名刺をリーマンに渡した謎の男がちょっとA先生ワールドの住人らしき佇まいを見せているところがブラックながら、最後は日常世界へ戻ることができて一安心、というノン・ブラックな幕引きが心地よい一篇でした。
「酔えば空白」は、泥酔すると記憶が飛んでしまう酒癖のリーマンが、あることをきっかけにその空白の記憶をたぐり寄せると、――という話。「ぺらぺらの名刺」がディスコミュニケーションから異空間に放り込まれた恐怖の感覚を描き出していたのにたいして、こちらは時間軸がミソ。「つかの間の草原」は家の近くにできた野っ原、――このモチーフもまた空き地がフツーに存在したいかにも昭和らしい光景といえるわけですが、廃屋がそのままに捨て置かれている平成のこちらと違って、野っ原や空き地にロマンがあったかつての時代を物語の背景として、その場所を異世界と主人公の無意識の世界へと接続した趣向が秀逸です。
「ひょうたんの中」は収録作中、もっともアシッド感溢れる一篇で、これまたリーマンの主人公が昔住んでいた団地に迷い込んだ挙げ句、ラブ・シンクロイドな悪夢を体験する、――という話。むしろこの異世界の情景よりもここから脱出をはかろうとする主人公が異変の端緒となった場所へと逆戻りして、辛くも帰還を果たす後半部の展開がグタグタとなるギリギリのところで踏みとどまっていて面白い。
「出張の帰途」は、これまたリーマンが、……と上とマッタク同じ展開なのですが(爆)、こちらは訳の分からないままに拉致されてトンデモないことをされてしまう、この唐突さとユーモアを孕んだ展開が二重丸。しかしコレ、例えば堺屋太一先生あたりが主人公と同じ状況に巻き込まれてしまったらそれはソレで寧ろ気持ちいいんじゃァ、……と人の性癖によって、本作の主人公における災難をそのまま受難と受け取るか、あるいは桃源と感じるか、意見が分かれるような気がします。
「豪雨の中」は、これまたリーマンが、……といちいち説明するまでもなく同じ展開なのですが、こちらでは異世界へと迷い込んだ主人公が忍従の果て、現実世界へと帰還する様の疲労を読者にも十二分に感じさせる展開と描写がイイ。
「うつつの果て」は、ちょっと趣向を変えて、激体調不良のリーマンが客先で無理難題を言われてブチ切れるだけの話、――と真ん中だけを取り出せばそんなカンジなのですが、冒頭ある怪異をきっちりと開陳して、それを最後のアンマリなオチへと繋げてみせる手際が素晴らしい。カジュアルな怪談としても愉しめる一篇といえるのではないでしょうか。
「秋のめざめ」も「うつつの果て」に続く馬鹿馬鹿しい一篇なのですが、ごくごく市井の人昭和男が、周囲の助言に拐かされて変身していくという話。変身具合は某直木賞作家のド派手なルックスがヒントになっているのかナ、と想像させる無茶ぶりが面白い。
いずれもさらっと軽く読み流せるいかにもな昭和テイストを満喫できる風格で、その軽い読み口から頭を酷使する本格ミステリの箸休めとして手に取るのに好適な一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。