金色の獣、彼方に向かう / 恒川 光太郎

どうにもここ最近体調がすぐれず、ずっとブログを放置しておりました。何しろ目がちょっとアレなので本を読むにしても休み休みというテイタラクゆえ、なかなか更新が出来ないのですが、そんななか、とりあえず読了した恒川氏の新作を今日は取り上げておきたいと思います。

収録作は、いずれもタイトルにある「金色の獣」である或るものを介して緩い繋がりをもった連作となっており、収録作は、迷い人から語られる怒濤の半生と異形の物語「異神千夜」、閑古鳥が鳴いている山奥の店のマスターが、フラリとやってきた訳アリ娘にホの字となった暁に深淵を覗きみる「風天孔参り」、美しいの二人称語りによって都会に出てきた田舎娘の日常と語りの非日常が精緻に連関する傑作「森の神、夢に還る」、不思議な獣を拾ったボーイと嘘つき娘の奈落「金色の獣、彼方に向かう」の全四編。

いずれも恒川ワールドらしい、簡素ながら美しい文体によって綴られる幻想譚で、冒頭の「語り」の磁力を十二分に見せつけてくれる「異神千夜」は、山に棲む僧侶がフラリと迷いこんできた男から話をおそるべき話を聞かされる、……という話。

この語りがある男の怒濤の半生で長い長い時間軸をもった内容ゆえ、そもそもこれが入れ子構造を持った語りの中だということを後半はスッカリ忘れてしまうというドクラ・マグラ状態へと陥ること請け合いという一編ながら、スッキリしない結末で終わった語りが、現実世界へと帰還した後に黒いラストへと転じるホラーっぷりは、恒川ワールドとしてはやや異色かもしれません。

続く「風天孔参り」は、冴えない中年男が主人公で、これまたふらりとやってきた歳の離れた娘ッ子が男の経営する店に居着くようになるうち、いいカンジになって、……と自分のようなボンクラの中年男にとっては夢のような展開でグフグフと期待させてくれるものの、娘っ子の外見からは意外に過ぎる暗い過去が、語りの入れ子という恒川小説らしい結構によって明かされると一転、こちら側とあちら側を繋ぐある存在をキーにして、主人公の中年が決断を迫られる幕引きへと至ります。ややベタかな、とも思わせるラストながら、これこれでヨシと満足至極。

「森の神、夢に還る」は、収録作の中では一番のお気に入りで、まず不明な語り手によって語られる二人称の構成が素晴らしい。田舎から都会へと出てきた娘ッ子に憑依しているらしい語り手の口から、この娘の苦労話と生臭い現実が綴られていくのですが、やがてこの語り手自身がどのような人物なのか、そしてなぜこのような幽霊めいた存在となってしまったのかが明かされていきます。

振り子のように語りの比重は件の娘から語り手の方へと転じるとともに、娘の日常にフと姿を見せていたあるものの存在によって、娘と語り手の人生が繋がりを見せる結構も心憎い。純粋な悪ともいえない異形の存在によって人生を狂わされた魂たちと、そのオトシマエがつけられる後半の展開が、憑依するものならではの精妙な語り手の入れ子によって語られていくところも秀逸です。憑依するものによって語られる娘の現在と、語り手じしんの過去との対比が生み出す独特の郷愁が、ラストにいたって素晴らしい余韻を醸し出しているところもいうことなし。傑作でしょう。

「金色の獣、彼方に向かう」は、タイトルにもある「金色の獣」に翻弄されるボーイと娘っ子のボーイ・ミーツ・ガールな話かな、……なんて油断していたら、娘ッ子は一癖どころか完全に常軌を逸した不思議チャン。さらには脇を固める怪しいオジさんも相当にキ印入っているところなど、童話めいた物語の人物配置がまず盤石。

「金色の獣」を手に入れたことで、ボーイの周辺の日常が少しづつ変調していくとともに、不思議ッ娘の激しすぎる家庭の事情なども語られていくという結構で、ここでも「森の神」と同様、語りが振り子のように少年と少女のあいだを往還しながらしずしずとラストへと進んでいきます。

過去から連綿と続く異形の存在が仄めかされ、これによって本作の連作めいた背景が描かれていくのですが、向こう側と繋がっているこの異形のものとの関わりによって、平穏な現実世界が変容していくという展開には、過去の恒川小説に比較すると、ホラー色をやや強く押し出した雰囲気が感じられます。とはいえ、たとえば「金色の獣」における娘っ子の日常の変質など、リアルでいけば相当に怖い事件性を帯びた奈落も、恒川ワールドらしい静謐な文体で描かれているゆえ、ホラー的でありながらも、その風合いはあくまで幻想小説。

作品の中で語られる物語は、怪談ふうであったりホラー的であったりと、様々に変じながらも、全体からにおいたつ雰囲気は恒川小説としかいいようのない仕上がりは健在で、処女作からずっと追いかけているファンであれば、本作もまた文句なしに愉しめる逸品であるとともに、ややホラーっぽい香りと明快さを添えてある結構などから、恒川氏の小説をはじめて手にする読者でも興味深く読めるのではないでしょうか。オススメでしょう。