いまさら翼といわれても / 米澤 穂信

古典部シリーズの最新作、――といっても刊行からすでに時間が経ってしまっています。積読本(購入したものの、ダウンロードせずにそのままにしておいた電子本)のなかからサルベージして先ほど読了しました。癖のある青春物語であることは相変わらず、とくに今回はこのシリーズを追いかけている読者であればこそ、その重さと苦さを味わえる物語が多かったような気がします。

収録作は、生徒会長選挙で発生した不正事件のハウダニットをホータローが解き明かす「箱の中の欠落」、卒業制作につくられたレリーフに込められたある人物の思いと暗い背景を炙り出す「鏡には映らない」、教師が授業中に行った奇妙な振る舞いと落雷経験三度アリという言動の裏に隠された真相とは「連峰は晴れているか」、漫研で勃発した派閥抗争の渦中に盗まれたノートの謎「わたしたちの伝説の一冊」、本シリーズ探偵のホータローがなぜそのポリシーを抱くにいたったのか、その苦すぎる過去の逸話が明かされる「長い休日」、合唱祭の本番に失踪してしまったえるの居場所は「いまさら翼といわれても」の全六編。

いずれもドでかい謎で読者の興味を惹くような本格ミステリではなく、古典部面々の過去の逸話と現在とを巧みに交錯させながら、彼ら彼女たちの内心と行く末を明らかにしていく、――という極上の青春物語であるところは、このシリーズをずっと追いかけた読者であれば期待通り、ということになるでしょうか。

そんな中、冒頭の「箱の中の欠落」は、ガチにハウダニットを扱った一篇で、生徒会長選挙の開票時に、票が増えていたという不可解な謎がメイン。その方法についてあれこれと考えを巡らせた末に辿り着いた真相には、若年層の今昔がさりげなく背景として添えられているところが心憎い。

「鏡には映らない」は、卒業制作で班ごとに分けられたレリーフ作成作業において、ホータローが手を抜いた結果、件の成果物がトンデモない代物になってしまった、――というところから、ホータローの奇妙な振る舞いの動機を探っていくというもの。過去の「事件」であるがゆえに、その時間の経過から、その「事件」に関わった登場人物たちの過去と今とが対比される構成が秀逸で、とくにレリーフ制作に強く関わっていた麻美がホータローに抱いた印象と、二人の”今”の関係がキモで、これには素直にホータロー格好いいナ、と感じ入った次第。

騙し絵にも通じる制作物の本当の姿に込められたある人物の暗い心象と、それに対峙してあえてそうした振る舞いを断行した”探偵”の思い。このエピソードを、レリーフの謎として扱うのではなく、摩耶花の視点から、「探偵」の振る舞いに関するホワイダニットとして描き出した趣向が素晴らしい。千反田えるより摩耶花萌えの自分としては、彼女とふくちゃんとの電話のやりとりなど、なかなかに微笑ましいシーンもあったりして大満足の一篇でした。

「わたしたちの伝説の一冊」は、漫研での派閥抗争に巻き込まれてしまった摩耶花の物語。ここではホータローが昔に読書感想文として提示した『走れメロス』の”謎解き”が絶品。この推理・解釈に、摩耶花のノートが盗まれるという事件を重ねて、彼女の未来に対する強い意志を描き出した幕引きも素晴らしい。

「長い休日」は、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」というホータローのポリシーの秘密が明かされるという一篇で、彼が小学生時代に体験した逸話を、作者の得意とする苦すぎる物語へと昇華させた構成がとてもイイ。本格ミステリらしい強烈な悪意とは違う、小学生という子供ならではのささやかな、それでいて当事者にしてみれば苦い疵となるに違いない真相が作者らしい。今までの事件に対するホータローの態度にややもどかしさを感じていた読者も、この一篇を読了して納得されたのではないでしょうか。

「いまさら翼といわれても」は、合唱祭の本番前に千反田えるが失踪してしまうというアクシデントが発生。ホータローたちは彼女の居場所を探そうと奔走するものの、刻一刻と本番が近づいていく中にもなかなか手がかりがない。会場で感じた些細な違和感を端緒に、ある人物の嘘を暴き立てたホータローは、果たして本番前に彼女の居場所を突き止めて無事、会場へと連れてくることができるのか、――とタイムリミットをもうけたスリリングな展開が見所なのですが、冒頭、さらっと描かれたえるのエピソードが何やら不穏を空気を醸しているところから、彼女の背景に関わることが失踪の動機としてあるんだろうなァ、……と思って読み進めていくと、これまた苦すぎる真相へと着地してジ・エンド。

今までこのシリーズで彼女の振る舞いを見守ってきた読者であればこそ、「いまさら翼といわれても」というタイトルによって示されるえるの心情には、何ともいえない悲壮を感じるに違いありません。しかも合唱祭の晴れ晴れしいシーンで幕引きとするのではなく、「もう歌声は……」で物語を強制終了して、えるの今後に読者をやきもきさせる作者のサディストぶりが憎たらしい(爆)。

次に描かれる物語では、古典メンバーはどうなっているのか。とくにえるがどうなっているのか、「わたし、気になります」どころの話じゃねえゾ!という気持ちでイッパイなのですが、ともあれ次なる展開を持して待つことにいたしましょう。

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