罪の声 / 塩田 武士

傑作。アマゾンのレビューでは賛否両論、意見が真っ二つに分かれているような印象があるものの、このあたりは本作の題材になっている昭和の未解決事件(グリコ・森永事件)に対して、読む側にどのくらい関心があるかによって変わってくるのかもしれません。

この事件について知っている人であれば、本作の冒頭に描かれる”例の子供の声によるテープ”はテレビで一度は耳にしたことがあるに違いなく、またこの声の主の子供が今、どこで何をしているのか、ということを一度は考えたことがあるのではないでしょうか。そしてさらにミステリ読者であれば、いつか、誰かがこの声の主である子供を謎に据えた小説に書くに違いない、――と確信していたに違いありません(というか、自分がそうでした)。

本作は、昭和の未解決事件特集のため取材へと駆り出された文化部の新聞記者と、父親の遺品の中からあるテープを見つけ、そこに録音されている身代金受け渡しの声が自分のものであると確信した仕立屋の男、――という二人の視点から、三十一年前の未解決事件を追いかけていくという結構です。イギリスに取材に行ったものの空振りに終わり、国内での取材を続けていくうち、意外なところから犯人に繋がる黒い人脈が炙り出されていく新聞記者のパートと、非常に個人的な理由から調査を始めたものの、親族がこれほどの事件に関わっていたという「事実」が確信へと変わることを恐れつつ、それでも真相を知りたいと渇望する仕立屋の男性のパートは、物語の前半部では大きな連関は見いだせないのですが、やがてとある料亭の取材から一人の男性を縁として、この二人が繋がっていきます。そこから新聞記者はテープの声の主を「追うもの」として、一方の仕立屋の男性は「追われるもの」として描かれていくのですが、この変化を添えた構成が素晴らしいの一言。

やがて二人の邂逅によって事件の調査は大きく動き出し、ついに未解決事件の真犯人が明らかにされ、新聞記者はその人物を訪ねていく、――ここを物語のクライマックスとするのが普通でしょうが、本作はその点が大きく異なります。真犯人がこの犯罪に手を染めるにいたった背景が明かされ、そこから新聞記者と仕立屋の二人がタッグを組んでさらなる調査を進めていく最後半の展開こそが、本作の真骨頂でしょう。

いうなれば、本作の八割方を占める事件の取材・調査は、ひたすら過去へと過去へと向かっていくものだったに対して、後半の二割は、現在からさらに未来へと突き進んでいくという趣向で、仕立屋の男性は被害者ではあり「追われるもの」だった立場から前半部から一転して、ここからは一歩引いた狂言回しのごとき役割に徹しつつ、事件に関わった人物の今を明らかにしていきます。現在を探り当て、さらに未来への救済を摑もうと仕立屋と新聞記者の二人が奔走する展開は、八割を占める「動」から「静」へと大きな転換を遂げながらも、不安と期待をないまぜにしたスリリングな筆致で感動のラストへと突き進んでいきます。

確かに大作ながら、上に述べたような構成のうまさゆえか、まったくダレることはありませんでした。あくまで個人的な感想ではありますが、長い、――と感じるのは、やはりこの事件に対する関心がどのくらいあるのかに大きく依存しているような気がします。とにかく真犯人の姿はどんなものなのか、例のキツネ眼の男の正体は、さらに警察を翻弄した犯人側に降りかかる”紛れ”はなぜ生じたのか、等など、事件の構図と暗い人脈の相関図が明かされていく八割の展開も、自分は大変面白く読むことができました。昭和生まれで、この事件をリアルタイムで体験したロートルであれば、必ずや愉しめると思います。そういう方にだけは超オススメ、ということで。

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