偏愛。幕間と題した「作者」と編集者との語りの間に六話の怪談話をネジ込んだ一冊で、堪能しました。収録作は、タイトルそのマンマの、これから自殺する人物の会話をテープ起こしした行為がおぞましい闇を引き寄せる「怪談のテープ起こし」、怪しい夫婦の留守番バイトを引き受けた娘っ子にふりかかる恐怖「留守番の夜」、面識のないメンバーで強行した山登り中に発生する怪異「集まった四人」、入院中の死神爺にまつわる恐るべき真相とは「屍と寝るな」、都市伝説めいた怪物女にロックオンされた学生の奈落「黄雨女」、迫りくる黒い影に怯える娘っ子の意外な末路「すれちがうもの」の全六編。
「怪談のテープ起こし」は、「これから死のうという人間の肉声を纏めて一冊の本にしよう」と考えている編集者から受け取ったブツのテープ起こしが後半、雰囲気タップリにその場を「再現」してみせるというもので、この企画を提案した当人が行方知れずとなってしまうのはお約束。実はここで作者の元に遺されたテープが最後の最期で意外な怪異と恐怖を引き寄せることになるのですが、これは後の話。
「怪談のテープ起こし」はまだ作者が物語の中にガッツリと登場したし、自殺者の肉声がそのまま流される”だけ”という内容ゆえ、それほどの恐さはなかったものの、怪異の作り込みが際だつ「留守番の夜」からが作者の真骨頂。留守番バイトを引き受けることになった娘っ子がいきなり怪しい館の三階に人影を見つける、――という描写を端緒として、夫婦の会話の奇妙な齟齬から、物語が怪異譚として続くのか、それとも人間の狂気を前面に押し出した平山式「東京怪談」フウの実話怪談へと転げ落ちていくのか、まったく予断を許さない雰囲気を醸しつつ、恐怖の幕が切って落とされます。怪音に続けて、「入っちゃダメ」といわれた禁忌の部屋に”いる”としか思えない気配をすーっと出して段々に恐さを盛り上げていく筆致もまた秀逸。
そしてこの館そのものの恐怖から離れたところで、さりげなく暗示されていた公園での猟奇殺人の「割り切れない」恐さも添えて、物語はイヤ怖い方向へと展開していきます。結局のところ、怪異の正体には一応の決着はつけられるものの、それでも殺人事件との関連など、どうしても論理では割り切れないおぞましさを残した幕引きは、まさに作者の得意とするところでしょう。
個人的にもっともイカしていたのが「屍と寝るな」で、誰ソレから聞いたという話を繙くかたちで始まり、さらにその語りの中に登場する恐怖の対象となる老人の、支離滅裂な物語が挿入され、さらにその老人の語る話の中でまた物語が語られ、――というフウに重層的に語られる構成が素晴らしい。入れ子構造の一番奥にある語りが仕掛けられた対象と、その人物に降りかかったおぞましき怪異の様態が、探偵である作者の口から説明され、その真相が明かされたあとも、なお続く恐怖――。そして老人の行方ははっきりと明かされないままジ・エンドとなる、何とも煮え切らない終わり方もイヤ気持ちイイ一編です。
「黄雨女」は、都市伝説的に語られるキ印女の存在が、人なのか怪異なのか、その曖昧なところを残したまま、後半へと進むにつれて、明確な怪異の姿態を明らかにしていく展開が恐ろしい。そして怪異に絡め取られて奈落へと堕ちてしまった主人公のその後を、物語の外枠から後日談として語ることで、この主人公もまた物語の中へと封印されてしまう、――まさに語りの妙と構成とが見事に決まった一編でしょう。
「すれちがうもの」も、主人公の領域にふっと現れた怪異の端緒たる供花から、得体の知れない人影へと姿を変えて、日常生活を次第に恐怖へと塗り込めていく展開が気持ちワルイ。次第にその黒い影がこちらへと向かってくる、――怪談話では様々なバリエーションで語られる展開ではありますが、いよいよ怪異とご対面、というときに主人公がどのような恐怖に襲われ、どのような対応を取るのかが、こうした怪談話の見所でしょう。本作はちょっと意外な終わり方。直接的脅威を受けていた主人公は災厄を免れたものの、――という終わり方のイヤすぎる読後感も素晴らしい。
そして六編に共通するモチーフが幕間で作者の口から明かされ、「怪談のテープ起こし」の最後で振り切った怪異のブツがふたたび姿を現す趣向も、怪談小説としては期待通り。
アマゾンのレビューを見ると、本作の恐怖を肯定的に受け取るひとがいる一方、酷評しているレビューアーもいたりして、つくづく怪談ジャンキーの方々にもっとも相応しい怪談話とはどのようなものなのかなァ、――と考えさせられます。実話怪談の作風へと傾斜すれば、拙さを前面に押し出すのも一つの「戦略」であるし、かといって、その拙さは怪談ジャンキーの方にとっては作品の疵に見えることもある。ではそうした稚拙さを一切排除して”作り込んだ”物語はというと、ともすれば「リアリティがない」とか、「よくできたお話」ということで片付けられてしまうわけで……。
ともあれ、作者の筆遣いとそこから醸し出される恐さの風格を知っている人にとっては、またとないおぞましさを召喚するに違いない本作、作者のファンであれば文句なしに愉しめるのではないでしょうか。オススメです。
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