因業探偵: 新藤礼都の事件簿 / 小林 泰三

小林流悪魔主義が炸裂した怪作短編集。傲岸不遜なヘ理屈をこねくり回して周囲の人間たちを黒い奈落へと突き落とすワル女探偵、新藤礼都を事件に絡めた物語で、収録作は、ベビーシッターのバイト志願で怪しい保育所にやってきた低脳女を餌にして、因業探偵が隠微な犯罪を明らかにする「保育補助」、公園で剪定作業に勤しむ因業探偵に因縁をつけたリストラ男が、対立する二人の暗闘へと巻き込まれる「剪定」、散歩代行を請け負った因業探偵のイヤイヤな仕事ぶりから犯罪に巻き込まれるまでのいきさつを”犬”の視点から描き出した怪作中の怪作「散歩代行」、探偵のおせっかいが無理筋な誘拐事件をカオスへと変化させる黒いコント「家庭教師」、因縁をつけられた因業探偵がナルシスト男へ逆セラピーを施す「パチプロ」、金持ち爺を殺して遺産ウハウハを狙う後妻女の犯罪の黒い帰結「後妻」の全六編。

「保育補助」は、因業探偵が保育補助の仕事に勤しむ職場へとやってきた新入り女が、探偵の操りによって奈落へと突き落とされる、――という一編かと油断していると、後半部でそのロジックの矛先を別の方向へと振り向けて、隠された犯罪を暴き立てるというもの。探偵の登場も明快で、いうなればお披露目的な一編でしょうか。

続く「剪定」からは、探偵のねじくれた理屈が冴え渡り、彼女に因縁をつけた男が絡め取られるように妙な方向へと誘導されていく展開がキモ。男もそれなりに弁が立ち、理屈をこねて探偵をやりこめようと試みるものの、結局対立は避けられない状況となる、――とううところから炙り出される登場人物二人の暗闘と、良い人だと思っていた人物がワルだったと暴かれるブラックな幕引きが心地よい。

収録作の中から一編を、と言われれば、文句なしに「散歩代行」で、犬の散歩代行を請け負った探偵の振る舞いを、”犬”の語りにょって描き出したまさに怪作。犬のウンチをとるだけでオエオエと激しくえずいたりする彼女が妙に面白かったりするのですが、こうした大袈裟なディテールにこそ伏線があるところが秀逸です。以前にこの犬が犯罪を目撃していたところから、その犯人に付け狙われることになるのですが、そこから明かされるのは、犬がかかわっていた犯罪そのものではなく、意外な真相で、……という仕掛けには、思わずあの乙一氏も苦笑するしかないという、まさに傑作にして怪作。

「家庭教師」は、探偵が行ったある行為によって誘拐事件を回避できたものの、事件は収束しておらずトンデモないあさっての方向へと突き進んでいくという展開が痛快至極。今まで他人事のように発言していた人物が、イキナリ事件の当事者とされるブラックな構成と、誘拐事件の犯人を巻き込んでの乾いたオチなど、痛快なコントとしての妙味を堪能できる一編でしょう。

ナルシスト男が因業探偵と関わったばかりに奈落へと堕とされる「パチプロ」も、真っ黒という点では収録作中、一二を争う逸品で、怪しい母親の振る舞いや、俳優募集に隠された真意、そして鏡にこめられた秘密など、それらすべてのおかしさが、最後の最期で主人公の秘密と失われた記憶を暴き立て、狂気の淵へと突き落とす黒い幕引きが心地よい。

「後妻」は、シリーズ探偵ならではの仕掛けが光る一編で、後妻業に励む人物の視点から、爺を未必の故意で殺してやろうと企む経緯を倒叙形式で綴っていきます。やがて殺意を持つものと持たれたものとが逆転して、ヒロインが追いつめられていく展開から、仕掛けが明かされるのですが、この真相はおそらく多くの人が読めてしまうのではないかと。しかしながらそれでも、いや、それだからこそこのオチを愉しめるというのが実際でしょう。本作の最後をしめくくるに相応しいブラック満載の快作といえます。

奇妙にねじくれた登場人物が跋扈し、論理と屁理屈と狂気がないまぜになった小林ワールドを堪能できる快作・怪作揃いで、作者のファンであれば十二分に愉しめるのではないでしょうか。オススメです。

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