もの凄ーく昭和っぽい、しかしながら極上の本格ミステリ、――という印象でしょうか。収録作は、運行していない筈の深夜バスに乗った男が後日、とある事件の真相を知ることになる表題作「Y駅発深夜バス」、虐めをとめようとした娘っ子と隣家の奇妙な振る舞いがリンクする「猫矢来」。久方ぶりに別荘へと参集した仲間たちが指環消失の謎に挑む「ミッシング・リング」、怪しげな秘湯を訪れた者が聞かされる奇病の曰くに二転三転する騙りの技巧を凝らした傑作「九人病」、コロシを目論む二人の男の行動を倒叙形式で描きだした「特急富士」の全六編。
表題作となる「Y駅発深夜バス」は、深夜バスに乗った男の体験した怪異が、後になって隠微な犯罪に関わっていたことを知らされるという一編で、深夜バスに乗車中の不可解な情景と、そのバス自体が運行していなかったことが明かされる前半部は怪談めいた筆致で描きつつ、後半では端正なロジックによって怪異にまつわる犯罪構図を明らかにしていく構成が秀逸です。しかし最後に探偵役の人物から明かされる真相はかなり辛い。単なる深夜バスにまつわる怪異かと思っていたものが、コロシに大きく関わるものであり、さらにはそのバスに乗り合わせた自分もまたその犯罪の構図を形成する構成要素であったことを知らされたときの絶望など、さらっと流した短編だからこそその妙味が光る好編です。
「猫矢来」はコロシこそ起きないものの、虐めの現場に居合わせたヒロインがそれを注意したばかりに、今度は自分がイジメの対象になってしまうという、――現代ではすでに日常の風景と化してしまった展開に、隣人の奇妙な振る舞いの謎を絡めて、一つの犯罪へと収斂していく構成が素晴らしい。虐めの対象になってからの友人の振る舞いに軽い失望を覚えたヒロインが、その真相を最後に知って救われたりと、完全なる悪意が存在しない、コージーな雰囲気は青春ミステリとしても極上のもの。
「九人病」は確か以前にも読んだ記憶がある一編で、収録作の中ではこの作品が頭一つ抜けているような気がします。とある秘湯を訪れた人物が、相部屋となった男から聞かされる怪談に、重層的な騙りを凝らした超絶技巧はまさに傑作と呼ぶに相応した風格で、タイトルにもなっている九人病の不気味さや、語りの中に登場する人物の奇妙な失踪など、尻切れトンボに感じられた逸話の数々が、怪談語りの外枠で一気に伏線として回収され、本格ミステリへと姿形を変えていく構成が素晴らしい。そしてこれで終わりかと思っていたところでもう一ひねりを加えて語り手のリアルな恐怖へと昇華させたダメ押しなど、まさに怪談と本格ミステリのいいとこ取りが見事に決まった一編でしょう。
ときに平成の今に刊行された作品ながら、作者の風格にもの凄く昭和風味を感じてしまうのは自分だけでしょうか。最後の「特急富士」は、収録作の中でも一番昭和らしさをムンムンに感じさせる一編で、憎たらしい女流作家を殺してやろうと目論んだ二人の男が、アリバイを偽装して車中での犯行を遂行しようとするも、――という話。倒叙ものならではの不確定要素が次々と犯人に襲いかかり、犯行の様態が変化していく描写はかなりスリリングながら、ホテルにカンヅメにされて担当編集者から原稿の催促をされる、――なんていうのがイマドキあるものなのでしょうか? 昔昔、赤塚不二夫の『天才バカボン』でそんなエピソードがあったように記憶しているのですが、出す本がこれすべて十万部のベストセラーで重版かかりまくりでモー大変、なんていう超売れっ子作家であれば、ホテルにカンヅメなんてしきたりもまだあるのかナ、なんて、むしろこちらの”ミステリー”に興味津々。
いずれも本格ミステリとして基準点を軽々と超えた好編ゆえ、まず安心して愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。
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