ディレクターズ・カット / 歌野 晶午

予想通りかつ期待通りの展開と結末で、堪能しました。あらすじは、やらせと仕込みで視聴率獲得を狙うゲスなディレクターが、キ印殺人美容師と遭遇。これを特ダネに持ち上げるべく、さらなる暴走の果て、件のキ印とのコンタクトをライブ中継しようと目論むのだが、――という話。

フツーであれば、本格ミステリで予想通りの結末となればたいていは不満タラタラになってしまうものですが、そこは抜群のエンタメと読みやすさを誇る作者のこと、「絶対にコレはこうだろうなァ」という地点にシッカリと着地してみせることで寧ろ読者を気持ちよくさせてしまうのですから油断がなりません。

キ印美容師の視点から描かれる冒頭の凶行シーンから、最後のライブ中継まで、何しろ主人公たるディレクターを含めて、あらゆる行動に「仕込み」を織り交ぜてくる連中ばかり。さらには主人公のディレクションも空しく、中盤からは自分の手下が無軌道な暴走を始めるのだからタマらない。いったいどこからどこまでが仕込みなのか、――もちろん読者はディレクターの視点から、事件を盛り上げるための仕込みも含めた情景の全体を見せられている筈なのですが、本作の場合、そこへ小説ならではの改変を交えてグイグイと押し切りった挙げ句、最後の最期で作者らしい技巧を開陳してタイトルの『ディレクターズ・カット』の真意を明らかにしてみせる趣向が素晴らしい。

それぞれの登場人物が、ディレクターの思惑を超えて無軌道な仕込みを積極的に行っていく混沌とした状況をかいくぐり、果たして主人公はこの事件を自分の掌の上で収束させることができるのか、――小説として描かれていたシーンをテレビの映像と重ねて、見ているものが見せられているものへと変わり身を見せる誘拐事件以降の後半がやはり本作の見所でしょう。

テレビとネットを対蹠させて、ネット社会におけるテレビの復権を目論む主人公の仕込みまみれの奮闘の結末やいかに、――と、この仕掛けによって明かされた結末を果たして主人公の勝利ととらえるべきなのかどうか。「仕込み」も含めた「真相」を期待して、実際その通りに着地した本作は、本格ミステリとして見れば、”負け”ということになるのでしょうが、仕込みがあることを期待した読者(視聴者)の心理を先読みして、その通りの結末を「ディレクターズ・カット」によって開陳し、読者を愉しませたという点では、やはり本作、この主人公の勝利であり、またエンタメ溢れる筆致によってグイグイと物語をここまで牽引してみせた作者の勝利ということになるのでは、と思うのですがいかがでしょう。

さらさらッと読めてしまえるところまで、仕込みまみれのテレビ番組を模倣しているような本作、本格ミステリでありながら、たくみな筆運びによってテレビ番組そのものを小説に擬態させた歪な本格ミステリ、――として見れば、事件の真相も含めた着地点もまた違ったふうに見えてくるのではないでしょうか。オススメです。

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