はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか / 篠田 節子

どちらかというとミステリやサスペンスというよりは、SF的な奇想が際立つ傑作短編集。ジャケ帯にもある通り、そのネタはレアメタル入りのウナギや古代の寄生虫、ロボット、超絶トンネルなど多岐にわたり、また物語の魅力を最大限に引き出すための結構もバラエティに富んでいます。

収録作は、深海で見つかった奇妙なウナギに色めきたつ人間の業を絶妙なユーモアも交えて描き出した「深海のEEL」、都心で見つかった縄文時代の不可解な遺跡からわき出した寄生虫に翻弄される人々「豚と人骨」、不気味な小型ロボットにストーキングされるヒロインの恐怖をホラー的技法で盛り上げてみせる「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」、ヒョンなことから不気味村に幽閉されトンネル掘りに従事させられる男の奈落と再生を描いた「エデン」の全五編。

「深海のEEL」や「豚と人骨」をはじめとして、本作に収録されている短編は、会話やシーンを連ねてテンポよく物語を転がしていくという構成ではなく、どちらかというと地の文に事実を羅列していくという展開が際立つものながら、篠田式の巧みな文章でまとめられた要諦に眼を通すだけで登場人物たちの状況や心理がスーッと頭に入ってきます。

そうした地の文を連結する会話にもこれまた素敵なユーモアを交えてテンポよく展開していくのが「深海のEEL」で、レアメタル入りのウナギというタイムリーなネタにくわえて、その奇想を支える人間の俗っぽさが妙にリアル。先鋭的な科学技術を用いなければどうにも精製が難しそうなブツに対して、小市民にも身近なあるものを絡めてクスリと笑ってしまう幕引きで落としてみせる構成も秀逸です。

「豚と人骨」は、『夏の災厄』フウに、敢えてヒーローは登場させず、複数人物の視点を点描することで、奇想溢れる大事件の全体像を描き出してみせる構成が見事な効果をあげている一編です。縄文時代の遺跡に見られる不可解な謎が次第に解けていく過程で、おぞましい寄生虫の存在が明らかにされていくという繋がりもまた巧み。寄生虫の寄生の仕方がかなりアレで、それがウニョウニョとアレしているだけで粘膜マニアはニヤニヤしてしまうわけですが、虫系が苦手な人、――特に淑女の方は心してかかる必要アリ、かもしれません。

「はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか」は、タイトルからして名作のアレを思い起こさせるロボットもの。タイトルにもある「猿」が一向に姿を見せず、ヒロインが不気味ロボットにストーキングされるという展開は完全にホラー。

しかしここでも登場人物たちが、おおよそ最先端技術にはほど遠いカンジの小市民たちであることがおかしさを添えていて、実らぬ恋に悶々としていたヒロインがこの事件をきっかけにいいカンジに終わるというオチも微笑ましい。ホラー的にもベタな展開であったからこそ、ストーカーロボットの事実が明かされていく流れの中で、このロボットに対するヒロインの心が変化していくさまが後半に効いてくるという結構もまた秀逸。

「エデン」は、篠田版『砂の女』とでもいうべき、かなり怖い展開で、小市民の男が海外で災難に巻き込まれてテンヤワンヤという物語の端緒は篠田小説の十八番。外国のム所にブチこまれて屈強なガイジンにカマ掘られるくらいだったら、謎の女について行って逃げる方がマシ、と判断した小市民ボーイの末路が、極寒の地でのトンネル堀り。

もちろん最初は逃走を試みるも、この場所が強制収容所のような分かりやすい煉獄ではなく、タイトルにもある「エデン」のごときピュアなハートを持った人たちばかりという転倒が素晴らしい。やがて時を経るにつれ、主人公の心にも緩やかな変化が起こっていくのですが、この価値観の転倒がストレートな文明批判には落ちず、これもまた篠田ワールドならではの人間賛歌へと昇華される幕引きが素晴らしい。

「エデン」のような長編でもイケるんじゃないの、というゴージャスな奇想を凝らした物語世界は、いずれもハズレなしという秀作揃い。それでいて長編よりも気軽に読めながらも短編というコンパクトさゆえ、『仮想儀礼』をはじめとする超弩級の作品のように徹夜覚悟で挑む必要もなしという点では、この正月休みにノンビリと読むのに最適の一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。