第五回島田荘司推理小説賞レポート@台湾(3)

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前回の続きです。訪台二日目となる二十二日。御大一行が故宮博物館を愉しんでいる間、自分は皇冠文化出版のオフィスにて、新作『網内人』を刊行した陳浩基氏のインタビューに同席していました。

陳氏は日曜日の二十四日に金車文藝中心で『逆向誘拐』の作者である文善女史との対談が予定されており、さらには二十三日の島田荘司推理小説賞授賞式へ出席と多忙を極める中、皇冠文化出版において台湾と日本のインタビューがこの日の午後に行われました。

日本側のインタビューアはジャーナリストの野嶋剛氏で、この内容は文春のサイトに掲載される予定とのこと。日本、台湾のインタビューがようやく終わり一息ついたところにささっと割り込んで、陳氏とホンの少しだけ話をすることができました。

まず近況ですが、台湾に来る前に風邪を引いたとのこと(爆)。実際、日曜日の文善女史との対談に備えて、この翌日、授賞式の後に行われた晩餐会は欠席したくらいですから、このときの体調はかなり悪かった筈ですが、精力的に二つのインタビューをこなしたあとも疲れは見られず、いたって気さくに話をしてくれました。

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『網内人』という大長編を書ききった後ですから、執筆の方はしばらくお休みしているのかと思いきや、すでにホラー・ミステリーに取りかかっているとのこと。ほとんど執筆は終えているとのことですが、その内容はというと、ホラーでありながら、最後にとんでもない仕掛けがあるという、――といえば、『気球人』みたいな作風かな? とこちらが訊ねると、「もっと凄い仕掛け」とのことですから、これはホラー読みならずとも、氏の本格ミステリに魅力されたファンであれば注目しないわけにはいかないでしょう。『網内人』を読了した興奮未だ覚めやらぬところではありますが、これは新作にも期待するといたしましょう。

執筆以外の予定としては、十一月に、横山秀夫先生の訪港に合わせて、鼎談が行われるとのことです。そう、鼎談。そのメンバーは、陳浩基、横山秀夫の両氏に加えて、『リーバス警部』シリーズのイアン・ランキン! その話を台湾のミステリファンに話したところ、この鼎談を聞くためだけに香港へ行きたい、という反応があったとか。台湾でも以前、ブック・フェアの開催に合わせて、ローレンス・ブロックの講演会が行われたりしましたが、香港でも『13.67』というベストセラーの登場をきっかけに、本格ミステリ・ブームが到来しつつあるということなのかもしれません。

『13.67』の世界的ベストセラー、そして第三回島田荘司推理小説賞を受賞した文善女史の『逆向誘拐』の映画化、さらには第五回となる今回の島田荘司推理小説賞の受賞者は『歐幾里得空間的殺人魔』の黑貓Cだったりと、今、香港が熱いということは確かなようです。

さて、日本でもようやく『13.67』が刊行されたことですし、この記事でもこの作品に言及するべきなのですが、台湾では今や話題は新作の『網内人』で持ちきりという状況ゆえ、このときの質問も自然と新作についてがメインとなりました。

以下は自分が陳氏に語った『網内人』の感想。少し長いので、長文なんか読みたくないんダイ、早く作者の言葉を聞かせるのダ、という人は読み飛ばしてください。

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個人的に『網内人』を読了して印象的だったのは、現在進行形の香港を描いたというべき作品世界と、現在の日本との驚きべき相似性でした。電車内の痴漢とそれにまつわる真相、学校裏サイトのいじめとそれによる自殺、子供の貧困問題等など、――こうしたモチーフは当然日本の小説でも取り上げられることが多いのですが、中国による隠微な圧政を背景に持つ香港と、現在の日本とがなぜかくも同じように見えてしまうのか。その鍵は日本や欧米諸国を席巻するグローバリズムにあるのではないか、というのが自分の見立てです。

圧政大国たる中国に呑み込まれつつある香港にとって、欧米各国におけるグローバリズムは一見すると関連がないように見えるものの、それは中国と香港に中国語や中華文化という同根の背景があるがゆえに真実の姿を見えにくくしているだけで、中国からやってくる香港への移民が香港経済における安価労働の担い手となり(実際、『網内人』のヒロインのルーツは中国からの移民)、また中国マネーが香港の市井の人々の日常生活を蹂躙していくさまは、欧米におけるグローバリズムと同軸の現象といえるのではないか。

――そんな自分の考えを述べたのち、アメリカにおけるグローバル以前と以後でヒーロー像はどう変化していったか、という点について話をしました。グローバリズム以前の中間所得層が経済の中心を担っていた時代は、例えばチャールズ・ブロンソンの『Death Wish』シリーズに顕著なように、市井の人がヒーローとして描かれることが多かったように見える。しかしグローバリズム以後の圧倒的格差社会において、市井の人々は絶対的な悪に立ち向かう力を失い、そこでは『バッドマン』や『アイアンマン』のような大富豪がその潤沢な経済力によって市井の人々たちを救済する、――という構図によって描かれることが多くなったように感じる。つまり、グローバリズム以後、市井の人々が悪を倒すという展開に、一般人は説得力やカタルシスを感じなくなった、いや、感じられなくなったのではないか……。

――と、なぜここでこんな話をここで陳氏にしたかというと、『網内人』で最後に明かされるある真相がこうしたグローバリズム以後のアメリカにおけるヒーロー像を想起したからなのだけれども、……というと、陳氏曰く、実際『網内人』を読んだ友人からこの作中人物はハリウッド映画の某作品に通じるものがある、と同様の感想を聞かされたとのこと。そこから、アメリカにおけるグローバリズム以前と以後の変化と同様の現象を如実に描き出したのが『網内人』ではないか……。

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――と、そのようにアメリカにおけるヒーロー像と、香港の『網内人』との相似性について指摘した自分の言葉に対して、陳氏は非常に考えさせられる言葉を返してくれました。曰く、「アメリカにおいてそうした社会的な負の側面は民主主義によって超克できるが、今の香港にはそれがない」と。さらにそうした”香港の悲哀”こそは、『網内人』とアメリカの作品との大きな違いであり、香港の”哀しき”独自性なのだという言葉には、香港の今を生きている氏の発言だからこその重みがあります。

さて、そんな現在進行形たる香港の姿に仄見える「絶望的な未来」と「その中の希望」を描き出した『網内人』ですが、この作品をすでに読了した方であれば、果たして続編はあるのか、サイドストーリーはあるのかという点が気になるところでしょう。結論から述べてしまうと、そうした構想はすでに頭の中にあるとのことでした。例えば阿涅の助手やハーフ美女のドリスの過去など、『網内人』のサイド・ストーリーに期待したい内容は山ほどあるんですけど、今回の一件で阿涅と関わることになったヒロインも交えての新たな物語を期待することにしましょう。

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陳氏のインタビューを終える少し前、日本版『逆向誘拐』にサインをするためにと訪れた文善女史に加えて、今回の入選者である『歐幾里得空間的殺人魔』の黑貓C、『 誰是兇手』の弋蘭、『巴別塔之夢』の青稞の三氏がやってきました。入選者のことばの動画撮りをするためで、記録者の自分としてはこの機会を逃すわけにはいきません。というわけで、最後は全員揃っての記念撮影。

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このあと、入選者の三人は、陳浩基氏に第一回受賞者である寵物先生も加えたメンバーで夕食を食べに行くとのことでした。このあと自分は文善女史が『逆向誘拐』にサインする様子を写真におさめたあと、大慌てで松山の珈琲やへと向かったのは、先の記事で述べた通りです。

今回はいささか長くなってしまいましたが、いよいよ次回は、第五回島田荘司推理小説賞の授賞式の様子をお伝えする予定です。乞うご期待。

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