第27回鮎川哲也賞受賞作。刊行当時からかなり話題になっていて、とにもかくにも手に取ってみたという一冊です。読了したのはもう少し前なのですが、感想をあげるのが遅れてしまいました。結論からいってしまうと、ゾンビという「飛び道具」を舞台装置に据えながら、しっかりと精緻なロジックで魅せてくれる傑作でありました。
物語は、大学のミステリ愛好会の二人が映画研究部の合宿に加わるも、すぐ近くで開催されていた野外フェスに凶悪野郎がヤバ過ぎるブツを散布。ゾンビへと変異した群衆が合宿所にワラワラと集まってくる中、立てこもりを決め込んだメンバーの中でコロシが発生し、――という話。
本作でやはり特筆すべきは、ゾンビという怪異の設定を本格ミステリの構成要素へと導入し、それを一切の過不足なく使い切ってみせた試みでありまして、事件の中でゾンビはときに「凶器」へと変じ、また「容疑者」へも様変わりするという見せ方が素晴らしい。特に後者においては、主人公となるワトソン役とコンビを組む筈だった探偵役を早々にゾンビの餌食としてしまう性急な展開で読む者を呆気にとらせつつ、それによってこの探偵がゾンビとして”生存”している可能性を生起させ、容疑者のリストにも入れ込んでみせるというこの企み、――死亡を確認した人物は容疑者リストから外されるという定石を、「死んだけど生きている」というゾンビの特性から宙づりにしてみせることで、真犯人の暗躍を煙に巻いてしまう趣向がとてもイイ。
犯人が残したとしか思えないメッセージにおける奇妙な齟齬と死体の様態から、ゾンビを凶器として殺害を試みた犯人の心理へと分け入り、そこからハウダニットをたぐり寄せてみせる展開も巧みなら、特に後半部で開陳されるコロシに至っては、ゾンビの特徴と宿業を最大活用したこの殺害方法に凶器の論理をも交えて、斜め上を行く犯人の真意を暴き立てるロジックも最高です。
『十角館』の香気を残しつつ、妙にアッケラカンとしたワトソンたる主人公の語り口や、いかにも風変わり探偵の造詣も含めて、まさに現代の作品だナ、――と感じさせる飄々とした作風はかなり好み。さりげなく主人公の過去に「あの大地震」のトラウマが仄めかされているところもまた、311以後の「大量死」を主題に据えた一冊として、後々語られることになるような気がします。
エピローグふうに語られる主人公の独白の中で、震災と比較しつつ、彼が実体験した事件が世間の話題から忘れ去られ、「すっかり日常を取り戻して」しまうのですが、そうした中で「ワトソン役」という「物語」から背を背け、個人的にこの事件と対峙していこうという決意が語られる最後の一文が心に沁みる、――傑作でしょう。『十角館』もまた当時の時代からかけ離れたリアリティの感じられないゲーム型本格として批判を浴びつつも、その実、事件も含めた背景にはまさにその時代ならではの「今日的」な様相が切実に語れていたのと同様、本作もまた長く語り継がれるべき逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。
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