一気読みでした。作者の作品を手にしたのは、『サクリファイス』『エデン』以来なのでウン年ぶりということになるでしょうか。
物語は、作家である語り手が、ある人物からその半生を聞くことになって、――という話。聞き手である作家の「わたし」と、物語を語る友梨という、二人の語り手が存在する構成がまず秀逸で、作家である「わたし」は、友梨の語る物語を完全なる第三者の立場で聞いているのですが、中盤にその構造が微妙なずれをなしていく展開が大変にスリリング。
誰かから聞いた話を語り聞かせるという怪談的ともいえる結構に、「友梨」という人物はいったい何者なのか、語られる物語の中で発生する事件の真の首謀者は誰なのか、病死が近づいていると「友梨」が語る人物は誰なのか、さらには「友梨」との関係における作者の「わたし」は何者なのか、――という重層的なフーダニットを凝らして、「友梨」も含めた三人の女性を中心とした数十年の物語が語られていきます。
いくつかの人死にと未遂事件が語られるのですが、それが後を引いて数十年も登場人物である女性たちを縛りつけている、――という構図の深奥に、「友梨」の視点からそれぞれの一対一の関係をつなぎ止めていたある構図が後半部で明かされるのですが、悪縁によって「友梨」が繋がりを持っている二人の女性の人物造詣に大きな落差を凝らしたことによって、この構図を語り手である「友梨」にさえ隠しおおせた見せ方が秀逸です。
実を言えば、この語りの構成は、作家である「わたし」と彼女に物語を語り聞かせる「友梨」という「わたし」によって構成されるシンプルな二重構造の上へさらにもう一つ、「友梨」の正体に絡めた大きな仕掛けが隠されているのですが、その真相を明かしてみせることで、作家が「小説」として「物語る」ことの強い決意表明としたラストが美しい。真相開示から、作家ならではの想像力によって、三人の女の哀しき因業を彼女たちのありうるべき姿へと昇華させた見せ方には胸を打たれました。
大胆な構成と繊細な人物描写、さらには作家ならではのイマジネーションの三位一体によって、登場人物たちの哀しき半生を救済してみせた本作は、ミステリ小説というものの持つ潜在能力を見せつけた一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。
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