『13.67』の作者である陳浩基氏の来日に合わせて開催される横山秀夫氏との対談の予習を兼ねて、少し前から横山氏の作品を読み返しています。まとめて一息を感想をあげるわけにもいかないのですが、まずは手始めに短編集の本作から。
収録作は、事故現場で拾ったポケベルが学生時代にホの字の女だったことから、一人の刑事が隠微な犯罪を匂いを嗅ぎつけて堕ちていく表題作「深追い」、引退宣言していた伝説の泥棒の復帰から、父親も刑事だった男の奮闘劇が見事な反転を見せる「引き継ぎ」、幼少時代に海で溺れかかった自分を助けてくれた大学生の死亡。その美談の背後に隠された真相を探る「又聞き」。
警官の再就職に奔走する警務部が手に入れたキャリア組のスキャンダルから思わぬ結末と美談が引き寄せられる「訳あり」、生活安全課の男が耳にしたワルの一言から暴かれる強盗事件の真相とは「締め出し」、息子の中学入試を控えたパパ刑事が一人のホームレスの死によって隠微な計略にハめられる「仕返し」、遺失物として届けられた花屋の会員証をたよりに浮かび上がる一人の老人の心のうち「人ごと」の全七編。
本格ミステリらしい仕掛けや趣向を敢えて“それらしく”見せることなく、構図の反転や真相開示によって人間ドラマを描き出す技巧が本作の魅力であり、表題作の「深追い」は、事故現場で拾ったポケベルが、かつてホの字だった女の旦那の持ち物だったことを知った刑事が、邪な恋愛気分を起こしたばかりに奈落へと堕ちかける、――という話。旦那は事故で亡くなったにもかかわらず、妻だった彼女はなぜポケベルにメッセージを送信しつづけるのか、という謎がさりげなく忍ばせてあり、刑事としての本分も忘れて次第に女へ溺れていく邪心と、ポケベルの謎を解き明かそうとする刑事としての理性がせめぎあいう後半部の展開が素晴らしい。そしていよいよ刑事を捨てるのかというところまで堕ちかけた彼を最後の一文で「感情をあらわにする「制服警察官」」として描き出した幕引きが心憎い。
「又聞き」は、子供時代に海で溺れかけた自分を助けた大学生の死の真相に迫る、――というミステリらしい物語の骨格ではあるものの、美談として伝えられる過去の出来事にフと覚えた違和感と自身の記憶とを重ね合わせながら、関係者の証言を通して明らかにされる真相が、最後に主人公の癒やしていく展開が秀逸です。
「訳あり」はキャリア野郎がしでかした女絡みのスキャンダルが思わぬ喜劇へと転じる一編で、ベタな本格ミステリであれば、密室トリックに用いるネタを嗤える真相へと色づけした趣向が超ユニーク。警察機構内部の権力闘争に明け暮れる登場人物たちをフィーチャーした横山ワールドの中ではかなり異色な人物像が面白い。
「仕返し」はタイトルの通りにある人物がある人物に隠微な仕返しを喰らうという一編なのですが、ホームレスの死に添えられた違和感からその真相を辿っていく本筋から、実は××されていると思っていたのが××している側だったというような反転劇をトリガーとしてタイトルにもなっている「仕返し」の直撃を受ける人物の末路がかなり黒い。
収録作中、ストレートにイイ話としてオススメできるのが「人ごと」で、遺失物として届けられた花屋の会員証をきっかけに、ある老人の心の内を知ることになる、――という話なのですが、警察機構のど真ん中ストレートではなく、いわば傍流に属する主人公だからこその、謎の渦中にある人物の心の機微を丁寧にたぐり寄せていく推理の展開から、後日談として語られる関係者への眼差しが心地よい一編です。
いずれも秀作揃いで、警察の内部事情を背景に展開されるドロドロッとした人間ドラマのほか、「人ごと」や「又聞き」など、ホッとする話もしっかりとおさえた一冊ゆえ、構図の反転に本格ミステリの妙味を見出すマニアから、一般小説のカジュアルな読者まで広く愉しめるのではないでしょうか。オススメです。
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13.67 / 陳浩基
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