傑作。読了したのは『ブルーローズは眠らない』が先だったものの、個人的にはこちらの方が断然好みでしょうか。もっとも物語の構成と事件の構図が『ブルーローズ』とほとんど変わらないので、あとは単純に本格ミステリとしての仕掛けと見せ方の個人的嗜好でどちらがイイ、ということになるのかもしれません。
物語は、試験飛行を行っていた特殊な飛行船が妙なことになって雪山遭難することに。逃げ場のない雪山に不時着した乗組員達が次々と見えない影によって殺されていき、――という話。乗組員たちが殺人者の影に怯えるサスペンス・シーンとともに、彼らが無残な屍体となって発見された事件を捜査する警察側の視点というシーンとが平行して描かれていく結構なのですが、過去と事件発生後の現在とを同時進行ふうに描きつつ、事件の全容を読者の前に開示していく展開は、上にも述べた通りに『ブルーローズ』と瓜二つ。
『ブルローズ』の過去シーンがホラー風味だったのに対して、こちらは惹句通りに“二十一世紀の『そして誰もいなくなった』”のごときサスペンスとして描かれているところが異なります。もっとも現代のシーンでそれぞれの屍体の様態は早々に明かされ、その中でも本格ミステリ読みであればまず疑ってしまうバラバラ屍体に注意がいくわけですが、本作ではここへさらに過去の不審死とその背景を仄めかした情景を挿入して、複数の時間軸を重ね合わせたその瞬間に真犯人の正体を明かしてみせる外連が素晴らしい。
真犯人と対峙した警察側のひとりが、「あんた、誰?」と傍点付きで語り出すところから幕を明ける謎解きは、そうした見せ方からするとフーダニットが大きな眼目であるかと誤解してしまうものの、バラバラ死体が出てきた事件での骨法を忠実にトレースした本作においてむしろ着目すべきは、クイーンの名短編のトリックを、ジェリー・フィッシュという最新鋭の科学を用いて現代的な仕掛けへと昇華させたその発想でしょう。
またバラバラ屍体が出てくればまずもってそのホワイへと目が行くものの、ここでも定石の見せ方をシッカリとおさえつつ、上にも述べたジェリー・フィッシュの大掛かりな仕掛けとガッチリ繋げて、真犯人の姿を見事に消し去ってしまう技法も二重丸。
フーダニットに関しては、現在と過去のシーンを錯綜させた二重写しの絵図の中から唯一人の犯人を浮き上がらせる趣向は評価できるものの、まずもって過去の情景において犯人は丸わかりのバレバレというところから、現代において真犯人を指摘されても今一つ驚きが薄い、――と感想を持たれる方がいるやもしれません。
この過去と現在のシーンとを重ねた物語の構図は、『ブルーローズ』でふたたび変奏されることになるのですが、本作以上に過去の逸話を盛り込むことによって、現在のシーンで真犯人が姿を見せる情景をよりドラマチックに仕上げたところに作者なりの創意工夫が感じられます。
ちょっと驚いたのは本作においても「人が書けていない」云々という批判が散見されることで、個人的には、過去のシーンと現在のシーンを二重写しにすることから浮かび上がる時間軸の長さを謎解きの進行過程において開陳することによって、犯人のおそるべき執念を炙り出してみせる本作の技巧は、まさに本格ミステリにおける「人間の描き方」の典型であるように感じたのですが、新本格誕生から三十年を経て、今や『十角館』が古典名作となった二十一世紀の今もなお、本格ミステリにおける人間の描き方は一般の小説とは大きく異なるという点についてはまだまだ認知されていないいないことにチと驚いてしまった次第です。
とはいえ、仕掛けによって人間ドラマを描き出す現代本格の手法に慣れた読者であればまったくの没問題で、本作もまた『ブルーローズ』同様に愉しめること間違いありません。オススメです。
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