64(ロクヨン) / 横山 秀夫

話題作でありながら未読でした。結構昔にReader™ Storeで購入しながら途中まで読んでそのままホッタラカシにしていた様子。で、今回あらためて最初から読み直してみたのですが、噂に違わぬ傑作でした。

あらすじをざっくりまとめてしまうと、一人娘が心の病で失踪中という広報官の男が、警察内部の様々な問題を巻き込まれながらも奮闘する話、――なのですが、ここに匿名問題や過去の誘拐事件を有機的に絡めて、最後に意外な構図を明かしてみせる結構が素晴らしい。

とにかく分厚い一冊ゆえ、読み通すのに苦労するかと思いきや、主人公を取り巻く敵味方のキャラが相当に際だっており、彼の奮闘する姿を見守っていると、後半からは過去の誘拐事件が浮上をはじめ、彼の個人的な問題とそこに添えられたささやかな謎とが強烈な繋がりを見せながら、彼自身の視点で描かれていた現在進行形の事象が一気に変転する趣向は、抜群の切れ味を見せる誘拐ミステリとしても秀逸です。

過去の誘拐事件にしても、それはあくまで主人公の視点からすれば、警察内部の権力闘争において自身の立場を危うくする一要素に過ぎず、それが未解決とはいえ誘拐事件の真相「そのもの」については、中盤に至るまでの物語を大きく牽引していく大きな謎としてクローズアップされることはありません。

あくまで様々な思惑を抱いた警察組織の個人個人の暗闘を描いた物語だと油断していると、今まで闘争の渦中にいた主人公の視点から、彼自身が今この瞬間におかれている状況の有り様が繙かれていき、それによって匿名問題で行き詰まっていた隘路からの脱出方法と、誘拐事件の真相までもが解き明かされていく、――これには誘拐事件の構成要素に大きな仕掛けを凝らした連城三紀彦の某誘拐ミステリの傑作ともまた違った新鮮な驚きがありました。

組織内部の問題は解決して一件落着となったものの、過去の誘拐事件の解決が同時にあるささやかな謎の真相をも解き明かしてしまった結果、主人公とその妻が抱いていた「希望」は無残に打ち砕かれてしまった、――ように見えるのですが、しかしそれをあえて残酷な真実として描くことなく、そこから妻のためにまたささやかな「希望」を見出そうとする主人公の内心を描き出すことにとどめた構成も心憎い。組織や権力へ果敢に立ち向かう一個人の奮闘を活写した警察小説としても、また警察小説に擬態した誘拐ミステリとしても愉しめる逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。

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