映画化もされた名作。あらすじをかなり乱暴にまとめてしまうと、アルツハイマーの妻を殺害した刑事が自首をしてくるものの、犯行を行ってから自首するまでの二日間、彼はいったいどこで何をしていたのかは決して語ろうとしない。それは何故なのか、――という話。
アマゾンに掲載されているジャケを見ると、「妻を殺し、それでも生きる。心の奥に想いを秘めて」という惹句が掲げられているのですが、上にも書いた通り、本作の本丸となる謎は、犯行から自首までの二日間の行動で、それと「心の奥」に「秘め」た「想い」、がどう繋がっていくのかというところでしょう。
後半へと物語が進むにつれて、犯人である彼が自殺しようとしていることが仄めかされます。「それでも生きる」という惹句に書かれた言葉とはやや矛盾するように見えるものの、犯行直後に自殺することなく敢えて殺人犯の汚名を覚悟で自首するという彼の行動が、冒頭にチラリと描かれるゲス野郎の犯罪者との対比をなした見せ方が素晴らしい。
空白の二日間、彼はどこにいたのかという謎に関しては、刑事や新聞記者などの調査によって歌舞伎町に行っていたことが物語の早い段階で明かされるのですが、そこから、ではなにゆえに歌舞伎町へ? と姿を変えて新たな謎を呼んでいく展開が非常にスムーズ。犯人の元に届けられた封筒は何だったのか、――など、鏤められたささやかな謎が最後の最期に伏線へと転化するありようは、あまり本格ミステリに読み慣れていない読者にもなるほど、と納得できる仕上がりで、ガチガチの本格ミステリ読みにはややイージーに過ぎるように見える結構ながら、それゆえに、いや、それだからこそ映画化もされた名作となりえたのだという気がします。
真相については、犯人の背景と過去からおおよそのイメージはできるものながら、子供は病死、妻もまた病に冒された挙げ句自分で殺さなければならなかった、――と、ここまで悲壮な人生を通過しなければならなかった犯人の心情は察するにあまりあり、犯行後、歌舞伎町に足を向けた理由が最後に明かされ、そうした悲壮な逸話もすべて「泣ける話」へと昇華される、――というのがこの作品の企図するところだったと推察されものの、個人的にはあまりに犯人が可哀想過ぎて、正直そこまで泣けなかったのはナイショです。
『64』の重厚さとはまた違った、警察人ならではの罪に対する煩悶と苦悩がひしひしと感じられる逸品ながら、本格ミステリの仕掛けと技巧を最重要視する方であれば、「泣き」注力した一冊ゆえ、取り扱い注意と言うことで。
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