燃える水 / 河合 莞爾

新作を心待ちにしている作者の最新作。河合莞爾といえば、『デッドマン』『ドラゴンフライ』『ダンデライオン』といった、御大ふうの大仕掛けなトリックに類い希な叙情性を重ねた本格ミステリの傑作から、『デビル・イン・ヘブン』『スノウエンジェル』のような仕掛けを凝らした近未来サスペンス小説、さらにはいっぷう変わったSF風味のミステリとなる『800年後に会いにいく』など、多彩な作風をものす期待の中堅作家でありますが、本作ではそうした過去作とはやや雰囲気を異にします。

あらすじは、大手の家電メーカーである東芝、――もとい王島電気に勤める主人公が、間抜けな経営陣の戦略失敗のゆえリストラの憂き目に遭う。どうにか職安で見つけた会社の人事部に滑り込むことができたものの、その仕事はというと、社長たちがリストアップした問題社員のリストラ宣告という厳しいもの。主人公はかれらの調査を開始するが、そこから最近事故で亡くなった従業員の死因に疑問を抱き調査を開始するうち、隠微に進行するある事に気がつくに至り――というもの。

リストラされた主人公が、今度は次の会社でリストラをする側に廻ってしまうという皮肉をきかせた展開など、ユーモアも交えた流れのなかに、後半のどんでん返しへと繋がる伏線をさりげない逸話とともに配している構成がまず素晴らしい。不審死の背後にはタイトルにもある「燃える水」といオカルトめいた技術が絡んでい、果たしてそんなものがホントにあるのかどうかと読者は一瞬、疑問を抱くものの、そこには冒頭に描かれたプロローグが絶妙な効果をあげており、すっかり作者の手の内に踊らされるまま、後半のどんでん返しもまじえた大逆転へと導かれていく、――という結構がまた見事。

「燃える水」の技術によって傾きかけた中小企業を救おうと奔走する主人公の熱き行動に共感できるリーマン読者も多いのではないかと推察されるものの、そうした昭和めくリーマン小説的な外観の背後で深く静かに潜行する騙しの技巧にも注目でしょう。一人称にもかかわらず、否――一人語という人称視点だからこその描写の裏で、こんなことが進められていたのかという驚きと鮮やかさを開陳しつつ、そこからもう一歩踏み込んで劇的にして爽やかな復讐劇とでもいうべき大団円から、さらにもう一つの捻りを加えて希望を持たせた結末でしめくくる展開など、仕掛けによって人間ドラマを描き出す本格ミステリの技法とその魅力をタップリと堪能できるところも好感度大。

重厚な人間ドラマに引きずられるかたちで、物語そのものが重くなってしまった昨今の小説とはかなり趣の異なる逸品で、その軽やかな作風に昭和の小説を思い出してほっこりしてしまったのは自分だけではないはずです。気軽に読み流しながらもしっかりと物語を愉しんで最後には明るい気分になれるという、――リーマン仕事の息抜きにもふさわしい好編ゆえ、作者渾身の一作云々という仕上がりに少々胃もたれしてしまった感のある読者でも安心して手に取ることのできる一冊といえるのではないでしょうか。超オススメ。

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