偏愛。おそらくすでに多くの人たちが指摘していることかと思うのですが、ミステリとしては「イージー」で「甘い」一冊です。第1話から第4話まで、亡くなった男女が閻魔大王の娘と生き返りを賭けて謎解きに挑むのだが、――という話。
第1話と第2話は、「死因・絞殺」「死因・凍死」とあるとおりにごくごく真っ当なフーダニットもの。そもそも亡くなった被害者がどんなふうに殺されたのかがすでにタイトルで明らかにされているのだから、謎の焦点がフーダニットかホワイダニットのいずれかに絞られていくのは必然ながら、そもそも探偵役を務めるのが閻魔大王の娘ではなくて、探偵的能力などおおよそ持ち合わせていないてせあろう市井の人ばかり。畢竟、読者の前に開陳される謎解きも安易なものとならざるをえず、丁寧に読み進めていけばフツーのミステリファンなずとも、おおよそのカンで犯人を当てられるんじゃないかなァ……というのがこの前二編。
この二編を読んだだけだと、「ちょっとなあ……」と感想を抱いてハイオシマイ、ということになるかと思うですが、本作の魅力が発揮されるのはこのあとに続く第3話からで、ここではタイトルに「死因・老衰」とあって、単純なフーダニットの物語ではないことを予感させます。実際、この第3話は前二編とはかなり趣を異にし、老衰で亡くなった老婆が失踪した息子の行方を知りたいと閻魔大王の娘に懇願し、――というもの。いうなれば生き返りはオマケみたいなもので、実際謎解きは見事に果たしてみせるものの、そのすぐあとに主人公の老婆は亡くなってしまいます。息子の行方に関する真相については、いくつかの伏線がさらりさらりと用意されてい、これまた丁寧に読んでいけばまず間違えることはないであろうという真相を期待通りに披露して幕となります。しかしここからの展開が見事で、ある災厄を重ねることで、失踪以降の息子の行方を何人かの人物も交えた人間ドラマの集積へと昇華した見せ方が素晴らしい。そしてその事実を淡々と受け入れた後、またすぐ亡くなることを判っていながらも敢えて甦りを閻魔大王の娘に懇願する老婆の心情を知るにつけ、ホロリと来てしまう読者もいるのではないでしょうか、――というか、まさに自分がそうだったわけですが。
これに続く第4話になると、探偵となるべき人物は肉体派で、推理などまったくおぼつかないような男が主人公という代物ながら、頭が悪くて推理もできない人物を主人公に据えたからこそ、エピローグで必死に頭を働かせて真相へと辿り着いたこの人物の生き返りを果たしてからの変化を綴りつつ、探偵の誕生譚へとまとめてみせた幕引きが美しい。推理はあくまでこうした人間ドラマを引き立てるための素材に過ぎず、またそれゆえに謎解きイージーなものながら、その理由さえも探偵役に市井の人を配して巧妙なエクスキューズとしてみせた盤石な構成も心憎い。作者はミステリ作家としては相当な戦略家ではないかと推察する次第です。
すでにこのシリーズ、第二弾も出ているようなので近日中には手に取ってみたいと思います。ガチガチの謎と推理を期待する向きにはやや物足りない仕上がりながら、この軽さ、イージーさはこの作品の妙味でもあります。自分のような謎解きから生起する人間ドラマを所望する読者であればかなり愉しめるのではないでしょうか。オススメです。
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