虚像のアラベスク / 深水 黎一郎

要するにバカミス。ミステリとしての強度はやや控えめながら、仕掛けのずらし方や、二編構成の短編で前半をその仕掛けの仕込みに使うなど一冊の短編集としての構成にも、作者らしいたくらみが感じられる好編でありました。

収録作は、とあるバレエ団に送られてきた公演中止を求める脅迫状から、実際の公演で起こるであろうハプニングに備えて警察が警備を行うことになったのだが、果たしてそこで起こった事件とはいかに「ドンキホーテ・アラベスク」、”装身具”の盗難事件からコロシへと連なる事件の語りに隠された真相「グラン・パ・ド・ドゥ」。そして「グラン・パ・ド・ドゥ」の後日譚として、コロシにまつわる真の動機を解き明かしてみせる「読まない方が良いかも知れないエピローグ 史上最低のホワイダニット」の全三編。

「ドンキホーテ」は公演中止の脅迫状を送りつけていた人物は誰なのかというフーダニットに、いったい公演中にどんな事件が発生するのか、そしてそれはどのように起こるのか、というハウダニットを軸に物語が展開していくかと思いきや、――実はバレエの用語をズラズラズラーッと書き綴ったペダントリー(?)趣味”そのもの”が、この後に続く「グラン」への大いなる仕込みだったことが明かされるというトンデモない趣向が素晴らしい。

もちろん「ドンキホーテ」も単なる仕込みというわけではなく、フーダニットとハウダニットを前面に押し出しつつ、リアルタイムで実況されていくバレエ公演のさなかに、犯人でさえもまったく予期していなかったであろう変異が出来するという、――芸術に造詣のある作者だからこその見せ方とおどろきが秀逸です。

とはいえ、やはり本作のキモはやはり「ドンキホーテ」の仕込みが「グラン」で核爆発を起こすそのたくらみでありまして、どうにも一流の芸術的風景とはいいがたいシーンがある人物の語りによって描かれていくのですが、「ドンキホーテ」を読んだ直後であれば、まずこの語り手の述べている通りの情景を頭に思い浮かべようとはするものの、どうにも拭いがたい違和感がモリモリとわき上がってくる。自分はこれ、すっかり(文字反転)バレエ団に見せかけてその実、ドラァグクイーンたちの場末劇団なんじゃないノ、――なんて訝りながら読み進めていったのですが、真相はそうした自分の想像の遙かに斜め上をいくもので大苦笑。これはないだろ、という語り手が綴っていた情景がトンデモない風景へと変わり身をみせたところから、件のコロシの真相が明かされていくのですが、犯人と犯行方法が明かされたあと、人情もので幕となるとかと思いきや、ささやかなブラック風味を添えてぶつ切りに終わる結びも面白い。

正直、「グラン」のバカミスっぷりのあとだと、そのあとの「エピローグ」で明かされる”狂人の論理”的ホワイダニットがかなりマトモに見えてしまうのがアレながら、そのくらいのことで人を殺すかいッという突飛な動機こそは本格ミステリの真骨頂。さらりと書き流してはいるものの、もしかしたらこのホワイダニットこそは、本作の中ではもっとも本格ミステリらしい、といえるかもしれません。

芸術探偵が解き明かす事件とその真相という点では、ややソフトながら、作者のバカミスっぷりが見事に弾けた一冊としてはかなり愉しめるのではないでしょうか。

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