ネクスト・ギグ / 鵜林 伸也

クセ玉ながら、非常に味わい深い逸品。派手さはないし、本格ミステリとしての外連も薄くありながら、それでも(本格ミステリとロック”も”好きという条件付きではありますが)マニアほど一言「佳い」と口にしてしまうような一冊、とでもいうべきでしょうか。個人的にはなかなか好みながら、かなり人を選ぶような気もします。

物語は、ライブハウスでバンドのボーカルがステージの上で刺殺される事件が発生。このライブハウスで働く語り手の娘っ子はこの不可解な死の真相を突き止めるべく調査を始めるものの、第二のコロシが発生、またもやバンドのメンバーが殺され、――という話。

二人も死んでいるんだから、警察が現場を調査したりと色々やることはあるかと思うのですが、そういう本格ミステリ“らしい”描写は基本的にナッシング。語り手である娘っ子がバンドのメンバーやライブハウスで働く仲間たちに聞き取りを行うものの、事件の発生現場の状況などから誰が、どうやってステージ上での犯行をなしえたのか、――という質問はいつしか(なぜか)「ロックとは何か」というムズカしい問答に変わってしまい、……というところから、いったい全体この物語は本格ミステリなのか、それともロック小説なのかと戸惑ってしまうのですが、この答えは両方、ということになるでしょうか。

とにかく殺された被害者もロックにドップリ浸かっていた人間で、なおかつ犯行をなしえた容疑者候補もロックな輩ばかり、さらには被害者が残した謎めいた言葉がこれすべてロックそのものに関わるモノゆえ、とにかく娘っ子の問答に付き合わないことには、フーダニットとホワイダニットへは決して近づくことができないという結構になっているところが面白い。全編ほとんど「ロックとはなにか」という質問とその答え探しに奔走している感じがあるものの、それは語り手である娘っ子の視点から描かれているからで、実をいえばこの娘っ子が「探偵」である限り、この答えは見つけることができないし、“それゆえに”、この事件の犯人を突き止めることができないようになっています。

このあたりはネタバレにも大きく絡んでくるので詳しく語ることはできないのですが、この娘っ子がロックを「演る」のではない、「聞き手」であるがゆえの”宿命”としてこの事件の「探偵」になって犯人の動機に肉薄することは決してできないという、――この物語の構造を補強するかたちで、中盤、あるネットでの事件をきっかけにこの語り手がある事実を隠していたことが明かされ、「探偵」としての役割を放擲することになるのですが、このあとの探偵不在の状況から最後の最期で意外な人物が真打ちの「探偵」として舞台へと上がる展開が秀逸です。

「ロックとはなにか」という質問の答えがこの事件の真相に絡んでいるのは上にも述べたとおりで、これについて語り手の娘っ子は、物語の開始早々からロックの歴史や他の音楽ジャンルとの比較も交えつつ、読者に様々な知見を開陳してくれるものの、ここにおいてこの語り手は自身について隠していたあることと同様、ある音楽ジャンル(精確にはサブジャンルかと思うのですが、作中ではジャンルとされているもよう)について語ることを避けているように感じられたのですが、それが実はこの事件の動機に大きく絡んでいたところまでが、作者の計算だったのかどうか。ともあれ、いかにも自然に描写された登場人物たちのドラマの背後に鏤められた本格ミステリらしい人工性に思わずニンマリとしてしまいました。

語り手の娘っ子が探偵として事件の真相を解明できなかったのは、ロックを「演る」人物がフと口にした「ロックとはなにか」という質問を言葉通りに受け取ってしまったからなのですが、真打ちの探偵はこれを(微妙にネタバレなので文字反転) 「ロックとはどうあるべきか」というロックを「演る」ものの視点でとらえることができたがゆえに、この事件の犯人の動機に肉薄することができた、――という「演る」ものと「聴く」ものとの対比が面白い。そしてこの真打ちの探偵が最後の最期に自らの推理の正しさを証明するために、犯人の心理的証拠を握ろうと“あること”を仕掛けてみせる外連など、『カナリア殺人事件』を彷彿とさせる趣向も秀逸です。このあたりで、作者は本格ミステリの楽しみドコロを判ってるなァ、――とニンマリしてみせるのがマニアというものでしょう。

そして動機からフーダニットの消去法を披露してみせる謎解きも面白く、前半から中盤までずーっとロック談義に付き合わされたロックに関心のない本格ミステリマニア(っていうか、そういうひとっているノ?)も思わず納得してしまう堅実、実直、精緻な推理は素晴らしいの一言。ド派手なトリックではなく、ロジックで魅せる本格ミステリの逸品としてもかなり高度な技法を駆使してみせた一冊といえるのではないでしょうか。

……とはいえ、本格ミステリを「ロック」というジャンルとしてではなく、ずっと「プログレッシヴ・ロック」という、いわばロックのサブジャンルとしてとらえたきた自分としては、パンクがロックと比較されたりする登場人物たちの議論にはやや違和感を覚えたのもまた事実。ともあれ、これがロックという自分も興味のあるモノで”演”ってくれたからよかったものの、例えばビーズアクセサリーとか大人の塗り絵みたいなモンでやられていたら途中で挫折していたカモ、……という気もします(「ビーズアクセサリとはなにか」「アタシ常々、ロックと大人の塗り絵ってよく似てると思ってたのよ」なんて議論に付き合ってこれだけの頁数を最後まで読むことができる自信は当方にナシ)。

そういう意味ではなかなかに読者を選ぶ物語ではありますが、新本格からこっち、「綾辻ファンでゴブリン知らないなんてありえないよネ」「法月ファンでクリムゾン聴いたことがないなんて信じられなーい」というようなマニアであれば、繰り返しリフレインされる「ロックとはなにか」という問答もワクワクしながら読み進めることができるであろうあことは間違いありません。ド派手なトリックよりも精緻なロジックに惹かれるマニアにも自信を持ってリコメンドすることができる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。

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