人間に向いてない / 黒澤 いづみ

第57回メフィスト賞受賞作。トンがったキワモノ語りが期待されるメフィストとしてはかなり異色作といえるカモしれません。物語は、ある日突然、引きこもりの子供たちが虫やら動物やら魚やら植物のような異形へと姿を変えてしまう奇病が発生。全国でその病の発症が伝えられるなか、政府は患者を死亡したものとみなす大本営を発表。そんななか、息子が醜悪な芋虫へと姿を変えてしまった一人のオバはんは、旦那の反対を振り切って息子を匿おうするのだが、――という話。

ヒロイン(?)となるオバはんは、イマドキの日本ではどこにでもいそうなフツーの母親で、教育に関して大きく道を踏み外しているわけでもありません。しかしホンの些細なことがきっかけで引きこもりとなってしまった息子のことについては、以前から色々と悩んでいた様子。それが今回の奇病発症によって、夫婦仲も冷戦状態からガチガチの戦闘状態へと突入。なんやかやと夫婦がいがみ合うシーンなどそれなりの修羅場を見せてくれるものの、前半は存外にノンビリとした感じで物語は進んでいきます。

奇病発生のメカニズムとかがSF的に解き明かされるわけでもなく、また奇病そのものを怪異と扱って謎解きがなされるわけではないので、ミステリやSFを期待すると肩すかしを食らうこと必定という一冊ながら、日常が異形への変異によって壊れていく展開は、諸星大二郎の漫画っぽくもあり、個人的にはなかなか愉しめました。

奇病はあくまで母子の関係の再生を描き出すための舞台装置に過ぎず、主人公のオバはんのほかにも、発病した子供を持つ様々なオバはんと子供たちの顛末が逸話として添えられているのですが、そのいずれもが悲惨な結末を迎えているゆえ、ヒロインのオバはんと息子も最後の最期には奈落へと堕ちてしまうのかと暗い期待を抱いてページをめくっていくと、ちょっと意想外な展開によって物語はイマドキの癒やしを添えた幕引きへと落ち着きます。

後半から鬼旦那が息子にヒドいことをしてしまうエピソードがあって、そこでかつて山に捨てた犬の昔話を重ねて、ヒロインのオバはんの心情を繊細に描き出したところがまた秀逸。そして異形の息子に対する父母の対応に明確なコントラストをつけたことが最期のオチへと繋がっていく結構も素晴らしい。

展開も決して派手ではなく、正直前半は妙な会が登場し、リアル世界のママ友やご近所サークルでもありそうな人間関係のしがらみや確執をネッチリと描いていくあたりはさらっと読み飛ばしても没問題ながら、ヒロインのオバはんが決して知り得ない、――しかしながら読者の前には残酷な逸話として、物語展開の傍系で語られる他の母親と異形の子供との顛末が相当に辛く、このあたりはイヤ話が大好きッみたいな好事家には相当に喜ばれるところカモしれません。

メフィストだからとキワモノを期待すると、思いのほかフツーに感動できる話だったりするので、昔からメフィスト作を追いかけている読者には取り扱い注意ながら、むしろ一般小説を読み慣れたごくごくノーマルの読者にとってはかなり響くところがある一冊といえるのではないでしょうか。

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