AiZAのCHANさんが執筆した短編小説『漩渦島』から「深海」を読み解く

先日記事をあげたAiZAのEP『pheno』に収録されている「深海」でMANAさんとともにボーカルをとっているのが、台湾人でベース担当のCHANさん。日本語の歌詞ながらこの曲を実際に書いたのも彼なのですが、AiZAのファンでもCHANさんが短編小説をいくつか発表されていることを知るひとはあまりいないのではないでしょうか。

その中の一編に『漩渦島』という物語があります。ここに「深海」という言葉が登場し、作中の描写が曲の「深海」に深く関連しているように感じたので、この記事では短編小説『漩渦島』の簡単なあらすじ紹介を兼ねて、「深海」を読み解く――という試みをしてみたいと思います。

『漩渦島』という言葉を日本語にすると、さしずめ『うずまき島』でしょうか。ジャンルとしては幻想小説になるかと思うのですが、物語世界にいくつかの謎を鏤めた構成と、登場人物の心理に深く分け入りながら隠された謎を解き明かしていく展開は、純文学に近接したミステリといってもいいような気もします。

物語の主人公である”僕”は、過去に何人かの女性との別れを経験しているらしく、この『漩渦島』では、そのうちの一人の女性がなぜ何もいわずに語り手の元から突然立ち去ってしまったのかという謎を、夢と現実のあわいを行き来しながら主人公の”僕”が『漩渦島』での体験を通じて解き明かしていく――という物語になっています。

“僕”は毎晩眠りに就く前にくろぐろとした部屋の天井を見つめるたび、なぜか恐怖と不安に襲われている。それはなぜなのか。そして夢のなかで”うずまき島”に辿り着くのですが、自分はどうやらある目的のためにこの島を訪れたらしい。ではその目的は?――しかし“僕”にはそれが思い出せない。なぜ眠るたびにこの島へ訪ねていくことになるのか。そして自分がこの島を訪れた目的は何なのか。記憶と忘却が物語全体を貫く主題となっていて、物語が進むにつれ、就眠前の恐怖と不安の源泉とこの島の謎、さらには彼が忘れていたこの島を訪れた目的などが重なりを見せていくという趣向です。

昔の恋人との逸話を回想しながら、ひたすら内に内にとこもっていく主人公の造詣はどこか福永武彦っぽくもあるのですが、この語り手の”僕”が夢のなかで“うずまき島”なる不思議な場所を訪れるその目的は、どうやら”ある女性”を探しだすことにあるらしい。

物語の前半はほとんどが”僕”のモノローグで構成されてい、「深海」なる言葉はその語りの中に登場するのですが、その部分をざっと日本語にすると、

深海では、すぐそばにいる人の姿も虚ろな幽霊を見るようにはっきりとしない。そこではひとびとの声さえ聞くことはできないのだ。

と”僕”は語る。ここでは、”僕”と恋人である彼女の二人はすぐそばにいるのにお互いの姿を見ることもできない、その声も聞こえないという二人の心の「すれ違い」を暗喩しているように見える。

「深海」の歌詞を見てみると、女声の”わたし”は海の”上”にいて「君といる」のですが、男声の”僕”は海の”中”にいて「君といる」。歌詞では「私は君といる」「僕は君といる」と同じことを語っているのですが、“上”と“中”ではその意味は大きく違ってくる。

海の“中”というのは、すなわちタイトルにもある「深海」で、ここにこの小説『漩渦島』で言及されている「深海」の意味をあてはめると、男性の”僕”は「君といる」にも関わらず、彼女の姿が見えていないし、その声も聞こえないというふうに解釈できる。

『漩渦島』を読むと判るのですが、語り手の”僕”が過去に交際した二人の女性は”僕”にとっての理解者であり、「僕」の内心を判ってくれている。しかし海の”中”――すなわち深海に溺れている”僕”はというと、相手の女性の姿が見えていないし、その声も聞こえていない。すなわち、相手の女性のことが判っていないという対照的なありようがここには描かれているように見えます。

その結果、作中の”僕”はまずWという女性を捨て、そのあと、喫茶店で出会った森山という日本人女性と付き合うことになるのですが、森山は、彼女の故郷である雪国を一緒に訪れる約束をしていたにもかかわらず、突然”僕”の前から姿を消してしまう。

“僕”は彼女が自分の元から何もいわずに姿を消してしまった理由をまったく理解できていない。そしてそれは大変な心の傷となって、どうやら長い間、”僕”を苦しめているらしい。その森山が姿を消してしまった体験が、現在の“僕”の心のしこりとなって残ってい、それが就眠前の恐怖と不安の源泉となっていることが読者の前に明かされていきます。

どうして森山は”僕”の元を去ってしまったのか――という謎。語り手の”僕”は夢のなかのうずまき島で再び森山と邂逅し、いくつかの体験を経てその謎を解き明かしていく、――というのがこの『漩渦島』の大枠の物語といっていいでしょう。

さらにうずまき島で再会した森山が、”僕”の若い頃の写真を持っていたのは何故なのか。そして当初、”僕”はこの島で再会した森山の名前をどうしても思い出すことができないのですが、その理由も物語が進むにつれ次第に明らかにされていきます。このあたりの回想と推理を通じて記憶を取り戻していく展開はミステリ的といってもいいかもしれない。

台湾をイメージする熱帯と、森山の故郷である日本の雪国を思わせるシーンが、うずまき島を描き出す風景の一つ一つとして登場するのですが、しかしこの楽園めくうずまき島には咆哮する怪物が跋扈し、最後に”僕”は森山に導かれるようにしてその怪物と対峙します。

“僕”が突然夢のなかのうずまき島を訪れるようになったのはなぜなのか、そしてその怪物の正体は何なのか。怪物との決闘を通じてそれらの謎が解き明かされ、物語の後半には彼が対峙すべき本当の敵が読者に前に開示されます。彼と森山の過去にあった出来事の真相が明かされるこの展開は、ファンタジーの魅力とミステリの謎解きの醍醐味とを同時に堪能できる素晴らしさで、この短編の見所のひとつといってもいいのではないでしょうか。

この物語のほとんどは”僕”が交際した二人の女性――Wと森山の回想シーンと、うずまき島での冒険譚によって構成されているので、夢の“外”にいる”僕”がいまいる場所と時間軸が宙づりにされているところが秀逸で、これが最後の最期に美しきエピローグとして描かれる構成はなかなかのもの。

“深海”の歌詞はすごくシンプルなのですが、男声と女声の歌詞とのちょっとした違い(海の”上”と海の”中”)には深い意味が隠されていて、そのテーマは「男女の心のすれ違い」なのかもしれない――CHANさんが書いた短編小説『漩渦島』をひもとくとそんなふうに読めてしまうのですが、さて真相はいかに? ――というお話しでした。おしまい。

pheno / AiZA

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