筷:怪談競演奇物語 / 三津田信三、薛西斯、夜透紫、瀟湘神、陳浩基 (1)

傑作。「怪談競演」とありますが、”競演”といっても内実は変則的なリレー小説ととらえるべきかもしれません。収録作は、とあるイベントで聴き手の怪談話を耳にした人物が語る枕飯絡みの恐るべき記憶を辿る三津田信三「筷子大人」、訳アリ箸にまつわる逸話からある男と女の関係性が語り手と聴き手の仕掛けを超えて浮かび上がる構成の妙が美しい傑作・薛西斯「珊瑚之骨」。

ネットライブ中の毒殺事件の背後に隠された実話怪談をミステリの趣向で繙きながら最後の最期で怪異が出現する夜透紫「咒網之魚」、「筷子大人」と「珊瑚之骨」二編のモチーフと設定のすべてをのみ込み、台湾の因習に絡めたある女の壮絶な過去に怪談ならではの騙りの技巧で描き出した大傑作「鱷魚之夢」、「咒網之魚」と「鱷魚之夢」の登場人物を絡めて怪談ミステリミーツ中華ファンタジーとでもいうべき物語へと昇華させた陳浩基「亥豕魯魚」の全五編。

先に変則的なリレー小説と言ったのは、登場人物やモチーフが後半へと進むつれて精妙に絡み合っていくからで、その物語の創作秘話をインタビューや実際に作者のひとりから直に訊いた話だと、まずこの一冊の怪談に用いるモチーフを箸と決めて、三津田氏が一話を仕上げ、その後に続く四人は氏の「筷子大人」を読んでから、自分の話を書き進めていったとのこと。

冒頭を飾る三津田氏の「筷子大人」は、氏得意の一人称での怪談語りの趣向で、今回は、学生時代に出会った不思議少年の奇妙な振る舞いの背後に恐るべき儀式と悪夢の情景を絡めた怪異譚。またその呪いを行った人物の身体にはあるものが出てくるのですが、これが後に続く四人の手によって様々な解釈と改変が行われていくところが本作の読みどころのひとつ。学校に集められた子供たちが次々と殺されていく――という悪夢の情景にミステリ的なフーダニットが凝らされてい、その真犯人の正体が明かされるとともに、語りの外で聴き手の作者がこの殺人ゲームと呪いを重ねてある解釈を試みる幕引きと、エピローグ的にさらっと書かれた結末と呪いのルールのあきらかな矛盾から立ちのぼる「割り切れなさ」が恐怖を誘う構成も素晴らしい。

台湾の薛西斯は島田荘司推理小説賞入選作である『H.A.』の作者ですが、情感を配してゲー性に徹した『H.A.』に比較すると、この「珊瑚之骨」はまったくの別人が書いたのではというほどに人間の業や内面描写が際だってい、そうした筆致が見事なほどに怪談の技巧へと昇華されているところが秀逸です。

ある人物が持っている曰くつきの箸の扱いを相談するべくとある男を訪ねていく。この人物が語る少年とその家族、そして曰くつきの箸にまつわる逸話はもの哀しくも美しい。構成はこの前の三津田氏の「筷子大人」を踏襲した雰囲気ですが、「筷子大人」の呪いにフォーカスした怪談の様態が、この話では箸そのものにまつわる奇譚と家族の物語へと変容していく。語られる物語とその物語を聴く者との関係性を最後まで秘匿したまま展開していく物語の、その最後に明かされるミステリ的な仕掛けには完全にノックダウン――とこのまま後の三編の紹介を続けるともの凄く長くなりそうなので、とりあえず今回はここまで、ということで。続く。