ジャンヌ Jeanne, the Bystander / 河合莞爾

傑作。作者の作品にはハズレなしをまた確信した一冊で、堪能しました。

あらすじは、「自律行動ロボット三原則」を組み込まれたロボットが主を殺し、死体処理を行っているところを御用になる。”現行犯逮捕”された”彼女”は、しかし搬送中に何者かに狙われ、刑事とともに東北の森に隠れ潜むことに。なぜ”彼女”は三原則に反して殺人を犯すことができたのか――刑事が辿り着いたおそるべき真相とは、という話。

前半は、”逮捕”された”彼女”を護送中の刑事が何者かに狙われ、激しいドンパチ・アクションが展開されたりという、映像映えするシーンが登場するため、こういう感じなのかな、と思っていると、敵の目を逃れるため森に隠れてからは一転して静的な情景が続きます。かといって冗長なわけでは決してなく、森のなかに刑事が”彼女”と潜んでいる間の描写のあちこちに、事件の真相へと辿り着く手掛かりがさりげなく隠されている構成が素晴らしい。

表面的には、「ロボット三原則」に反して、ロボットはなぜ殺人を犯したのか、という動機面からのアプローチに見えるものの、実は三原則をかいくぐって殺人という行為へと至ったプロセスをじっくりと辿っていくホワイダニットの趣向が色濃く出た謎解きが最高で、「人間とは」「ロボットとは」「そして××とは」――思索を深めていくうち、殺人を犯したロボットのおそるべき思考が最後に明かされる後半の凄まじさには震えました。

このテーマといえば、まず思い浮かぶのが瀬名秀明の名作『デカルトの密室』ですが、あそこまで込み入った構成ではなく、エンタメ要素を前面に押し出した本格ミステリとしてはかなりストレートな作風なので、SF風の難解さは皆無。それでいて哲学倫理的な思索のすえに、ロボットと人間の対照が、人間と××へと昇華されてまったく新しい構図が眼前に現れる見せ方に、楳図かずおの『洗礼』を思い出してしまったのは自分だけでしょうか。

そして悲哀溢れる結末で終わりかと思いきや、最後の一行でぞっとするような未来を仄めかして幕となるのがとてもイイ。一流の筆致で「人間」ドラマを描きだし読者を魅了させた作者が、哀しくもおぞましいロボットの姿をここまで突き詰めて活写してみせたところも素晴らしく、個人的には作者の作品のなかでもかなりのお気に入りとなりました。作者のファンであれば文句なしに、そして作者を知らない人でも、エンタメと思索とロジックの美しさをタップリ堪能できる一冊といえるのではないでしょうか。超オススメ。