るんびにの子供 / 宇佐美まこと

文庫化にあたって二編が追加収録されていると聞いて購入。本作を読んだのは2007年のことで、当時の感想は昔のブログに綴ってい、再読してみたい思いに駆られるものの最近またバタバタしているので、今回は新たに追加された二編のみ。

新たに収録されたのは、漂流する男の語り手によるおぞましきメタモルフォーゼに語りの仕掛けを凝らした逸品「獺祭」と、満州帰りの祖母から聞かされた呪具にまつわる奇譚を綴った「狼魄」。

「獺祭」はあっという間に読み終えてしまうほどの短さなのですが、漂流した男の「母ちゃん」から始まる語りの曰くを宙づりにして展開される構成が素晴らしい。この男の語りが「母ちゃん」に向けられていることは明らかなものの、なぜこの物語は”ここ”にあるのか。伝聞として誰かに伝えられたものなのか、それとも男の内的な語りをそのままリアルタイムで聴いているのか――。この物語がここに漂着した所以が、読者にはまったく見えないところがそもそも恐ろしい。

漂流を続けるうち、もう一人の男が船上で化け物へと変容していく怖さは、実を言うと恐怖の源泉そのものではなく、この物語の背景の宙づりにアリ、……と自分は感じてしまったのですけど、最後の最期でえっ?という仕掛けを語りのなかにひそませていた作者の技巧には感心することしきり。ミステリ的技法を惜しみなく導入して構築される作者の怪談は、近作の長編においてますます磨きがかかってきている印象ですが、さらっと書かれた短編においてもその恐怖を喚起させる技倆は一級品。

続く「狼魄」も、唐突に祖母の過去語りへと話が飛んで、そこから現実世界へと物語が回帰したあとに続く秘め事が、いよいよ呪具の効力を発揮する方向へと急展開していく構成が素晴らしい。満州での逸話が始まる前、すでにこの恐怖を引き起こす仕掛けはさりげない日常描写のなかに仕込まれてい、いよいよそれが発動する瞬間のおぞましさ、――ミステリ的な構成によって、おどろき以上に恐怖を引き起こす怪談作家である作者の筆致が光る好編でしょう。

すでに本格ミステリの技巧を怪談に投入して語りと騙りによって読者を恐怖させるその抜きんでた個性は、デビュー作である本作ですでに完成していることを確認できる本作。近作の長編にハマって作者をミステリ作家ととらえている読者でも十二分に満足できる逸品といえるのではないでしょうか。オススメです。