非実在探偵小説研究会20号 / 非実在探偵小説研究会

活動10周年の記念すべき20号が刊行されたとのお知らせがあったので、BOOTHにて購入。師走でリーマン仕事が忙しく、最近はあまり小説を読めていないのですが、「大量殺人/連続殺人」をテーマとしたお題競作企画と「クリスティオマージュ短編企画」の創作のみ読了できたので、ちょっとだけ感想を。

「大量殺人/連続殺人」は、彼女に誘われてある島を訪れた語り手のボーイがクリスティめく連続殺人に巻き込まれる展開に、作者ならではの取り戻せない過去の郷愁と悲劇的な結末を予感させる幕引きを凝らした麻里邑圭人「追悼の島」。イタコの変態という謎の提示に周到な誤導を凝らして真性キ印めく幻視の情景でジ・エンドとなる怪作、佐倉丸春「メタモルフォーゼの密室死体」。アシモフの三原則にもう一つの条文を加えた奇想から不可解なヒューマノイド事故の謎に迫る岡村美樹男「第四条」。

「クリスティオマージュ短編企画」は、「そして誰もいなくなった」ばりの演出から連続殺人の開幕以前に別領域からの奇天烈ロジックで事件の解決がなされる麻里邑圭人「そして誰かいなくなるはずだった」、交霊会のさなかに起こった殺人事件という枠外に極上の騙りを凝らして、作者らしからぬシリアスなおどろきの物語に仕上げた佐倉丸春「クィン氏の交霊会」、クリスティのアレの日本版をもくろんだ連続殺人計画が脱力の結末へと滑り落ちる三田村恵梨子「A○○殺人事件」の全三編。

麻里邑圭人「追悼の島」は冒頭からあっさりと独白によって犯人が明かされているところがミソで、フーダニットよりもさらにその奥にある背景に焦点を当てて事件の構図の裏の裏を暴いていく謎解きが素晴らしい。ひとつひとつのコロシの様態から全体を見渡していくことで、ハウダニットの根幹に隠された事件の構図は見えてくるものの、本作では、冒頭にさりげなく記された逸話と犯人の痛烈な思いが、語り手の僕に突きつけられる謎解きの見せ場こそが最大の見せ場。個人的には、「連続」殺人事件に仕上げようとしたある者の現代本格の”アレ”がありながら、敢えてそれを受け入れて強迫観念にも近い思いを実現しようとする犯人の行動に痺れました。

佐倉丸春「メタモルフォーゼの密室死体」は、霊場にいるはずのイタコが外国人に変わっていたというタイトル通りの不思議な事件が発生、――というもので、作者の企みはすでにシッカリとタイトルに込められているところが心憎い。サイコパスの死霊が泡坂妻夫に憑依したかのような飄々狂気な作風は本作でも健在で、謎解きそのものは構成要素の仕分けに馴れたミステリ読みであれば案外アッサリと真相にたどり着けるのではないかと推察されるものの、作者の個性が爆発するのはこのすぐ後。真相が明かされてもなお残る肝心要の謎を放擲したまま、幻想怪奇の情景を描いてジ・エンドとなる怪作。個人的にはこの幕引きになぜか日影丈吉の短編「鳩」を思い出してしまったのは自分だけでしょうか。

岡村美樹男「第四条」は本作中最大の掘り出し物で、個人的には収録作のなかで一番の好みカモしれません。アシモフの三原則といえば、台湾ミステリでも寵物先生が短編「彷徨えるマーク・ガッソン」で採りあげたこともあったりするほど、ミステリでは定番中の定番ではありますが、物語の舞台を未来の火星に据えて、人間に仕えるヒューマノイドの不可解な暴走の原因を突き止めていく、という話。

意図の介在しない、人工物たるヒューマノイドの暴走という単なる「事象」から始まり、ある「もの」の隠微な動機が明かされていく。その謎の鍵となる三原則と新たに加えられた第四条は「しなければならない」と行動を促す条文でありながら、新たに加えられた第四条の(2)項だけが異様な表現になっているところがミソで、(2)項を実現させるプロセスが意想外な方向からある「もの」の動機に絡めて解き明かされていく謎解きが素晴らしい。文体は平易ながらかなり硬質な仕上がりで、プロ作家のSF傑作短編集あたりにさらりと紛れ込んでいてもまったく見劣りしないどころが鮮烈な印象を残す一編といえるのではないでしょうか。

「クリスティオマージュ短編企画」の三編は、短編ならではの一発ネタをいかに料理するかの技芸が際だった逸品ぞろい。麻里邑圭人「そして誰かいなくなるはずだった」は、犯人側の視点から連続殺人事件の幕開けを予感させながら、犯人がクリスティへのオマージュで仕掛けたブツが徒となって、トンデモない別領域からバカミスめく真相が明かされる趣向が素晴らしい。

佐倉丸春「クィン氏の交霊会」は作者らしからぬ丁寧にまとめられた一編で、交霊会という舞台に騙りの技巧を凝らして洒落た幻想譚へと仕上げた好編でしょう。

続く三田村恵梨子「A○○殺人事件」は、クリスティのアレを日本でやる、と決意した犯人、――という出だしから、日本のミステリファンであれば当然入れるであろうツッコミをする暇もなく犯人がその作品を元に計画変更を強いられる展開に大苦笑。ひねりもなくどう着地するのかと見守っていると、脱力の趣向でキメた幕引きがとてもイイ。

麻里邑圭人、佐倉丸春両氏の作品はいずれもこちらの期待を上回る仕上がりで、特に「追悼の島」における事件の構図に現代本格のアレを絡めながら犯人のトラウマと痛烈な思いを語り手にぶつける謎解きのシーンと、「メタモルフォーゼの密室死体」における、作者ならではの飄々とした狂気を体現したエピローグの幻想的な情景には満足至極。「第四条」の硬質な作風も素晴らしければ、エアミス研ならではの脱力ぶりが際だつ「A○○殺人事件」など、強烈な個性を放つ粒ぞろいの好短編とともに、早川クリスティの装幀を美しく再現したデザインなど、マニアであればニヤニヤしながら愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。