たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説 / 辻 真先

傑作。昨年はいろいろバタバタと忙しくほとんど小説を読めていなかったため取りこぼしていた一冊。年末ランキングの三冠獲得ということで話題となった本作ですが、個人的には『完全恋愛』の方が好みであることはナイショです(爆)。

舞台はタイトルの通り昭和24年。ミステリ作家志望のボーイが所属する推理研と映画研が旅行をした先で密室殺人が発生。それに続けて台風来襲の夜に撮影を強行した彼らは、バラバラ殺人に巻き込まれてしまう。果たして二つの殺人事件の犯人は誰なのか、その方法は――というくらいに結構はオーソドックスな推理小説ながら、終戦からホンの数年という時代背景をミクロとマクロに広げて二つの殺人とその背後に隠された悲劇とを交々に描き出した構成が素晴らしい。

密室殺人とバラバラ殺人を単体として眺めれば大きな新味はないものの、個人的には真犯人の企図と、この背後に隠されたある悲劇の発生した時間設定に痺れました。戦争が終結した数年後にリアルタイムで進行する事件の長さと、この連続殺人事件のきっかけとなったある事件のピンポイントな時間の短さとを重ねて、後者の時間軸で発生したある悲劇を登場人物のセリフに絡めたタイトルがとてもイイ。このチェスタンをさかしまにしたような台詞のおぞましさと、読者のよって立つ現実世界の過去においても実際にありえたかもしれない異様な事件とを繋げて読者に問いかけを行うミステリ的手法は『虚無への供物』を彷彿とさせます。

『虚無』と言えば、主人公のボーイが書いている「推理小説」の構成にも注目で、作者が得意とする虚が実を、あるいは実が虚をのみ込み収斂していく見せ方と、軽妙な文体が作中の悲劇を一掃して爽やかな幕引きを見せるところも好印象。

二つの殺人事件の様態が思いのほかオーソドックスであるところに不満を感じる読者もいるのではないかと推察されるものの、この虚が実を、あるいは実が虚を呑み込む構成を鑑みれば、それは「探偵小説」が「推理小説」へと生まれ変わる過渡期における必然ともとれるし、あるいはそのオーソドックスに見えるが事件の様態は虚における実、――すなわち主人公がついに書き上げた小説内のリアルと見ることも可能で、その”斬新ではない青さ”こそはむしろ徹底したリアリズムととらえることもできるのでは、と思うのですが、いかがでしょう。

作中のオーソドックスな事件の様態と謎解きとは裏腹に、メタミステリの粋な技巧が光る一冊で、ド派手さこそないものの、作者のミステリを読み慣れたファンのみならず、初見の読者も先入観なく愉しめるのではないでしょうか。オススメです。