透明人間は密室に潜む / 阿津川 辰海

『2021本格ミステリ・ベスト10』でも一位を獲った話題作ながら、実は『紅蓮館』も『名探偵』を読み逃しているので自分にとっては初読みの作家。かなり癖の強い作風ゆえ、読者の趣味嗜好で評価が真っ二つに分かれそうな気がします。

収録作は、透明人間の病に罹った女性がある人物を殺害するプロセスを倒叙式に描き出した結構そのものに二段、三段重ねのおどろきを仕掛けた「透明人間は密室に潜む」、隠れオタクたちが集った陪審員裁判で、事件の推理が混沌から異様な収斂を見せていく「六人の熱狂する日本人」。おそるべき耳を持った助手と卓越した推理力を持つ男のコンビが思わぬ気づきとロジックでコロシの顛末を明かしていく「盗聴された殺人」、脱出ゲームにリアルな監禁の重なりから二転三転のだまし合いで読む者を翻弄する「第13号船室からの脱出」の全四編。

表題作の「透明人間は密室に潜む」は、透明人間である女性がある人物の殺害計画を練っていく過程からその殺害を現在進行形で描き出していく倒叙ミステリ。タイトルにもある通り、犯人が「密室に潜」んでいるのがポイントで、犯行を完遂したシーンから一転して、彼女の素行を追っていた探偵たちが現場に立ちいるところからがキモ。ありきたりの密室殺人と違って、逃走経路や密室にしたトリックを考える必要はなく、密室のどこに潜んでいるのか、というシンプルに過ぎる謎ながら、透明人間ならではの意想外な隠れ場所と、それを特定しえる伏線をささやかな違和感として堂々と読者の前に晒しているフェアプレイが素晴らしい、――とはいえ、実をいうとそのフェアプレイさゆえに自分はあっさり犯人の隠れ場所は特定してしまったのですが(爆)、本作ではそんな読者をも驚かす二段三段構えの趣向を用意しており、その周到さには感服至極。

ストレートな倒叙ものに擬態して、透明人間という特殊性から浮かび上がる異様な動機と、そこから導き出される”真”犯人を隠しおおせた構成は秀逸で、作者がどのあたりまでを狙っていたのかは不明ながら、密室に潜むハウダニットよりも、フーダニットの方が個人的にはかなり強烈な印象を受けました。

これとミステリ的な結構が似ているのが「盗聴された殺人」で、ささやかな音も聞き分けてしまう特殊な耳を持った助手と、聞こえた音を犯行の構成要素に落とし込むことができない彼女をサポートするかたちで探偵が盤石なロジックを構築していく謎解きだけでも秀逸なのですが、犯人の偽装を見抜いてそこから意想外な犯人が浮かび上がってくる推理の後半が素晴らしい。「音」という現場に残された手掛かりからハウダニットの物語に見せながら、精緻なロジックによって犯行が解き明かされていく展開が、最終的にフーダニットの意外性へと着地する構成が美しい。個人的には収録作中、「透明人間」と並ぶお気に入りです。

「六人の熱狂する日本人」と「第13号船室からの脱出」は自分のようなロートルにはチとアクが強すぎて、ちょっとダメだった(爆)。「六人」は陪審員として集まった皆が皆、隠れオタクで、そのオタクならではの気づきから次々と奇妙な推理が飛び出て、『虚構推理』からこっちの現代本格でも見慣れた情景が読者の前に立ち現れるという趣向ながら、ネタがアイドルオタクゆえか、登場人物たちのテンションについていけなかったのはナイショです。

技巧という面では、「第13号船室からの脱出」がもっとも際だってい、暗号やあるブツの存在の気づきから、複数人の証言によってイメージされうる犯行現場の様相が反転してしまうトリックが素晴らしい。さらには脱出ゲームの裏で進行する監禁に兄弟のだまし合いを交えて、ミステリ小説に淫した細やかな技芸を炸裂させた作風は、「六人」同様、これまたかなり読者を選ぶような気がします。

癖のある「六人」「第13号船室」というミステリ熱で昇天しそうな二編と、オーソドックスな外観に二段三段の仕掛けを凝らした「透明人間」「盗聴」の二編との対比がなかなか面白い。上にも述べた通りかなり好みの分かれそうな感じで、古典から現代本格までのミステリ小説における蓄積を総動員してゲーム性に振り切った作風を”青い”と見るか、そのゲーム性こそが本格ミステリ、と素直に受け止められるか、――何となく読者の本格に対するスタンスを試されているような気もします。ミステリ小説のゲーム性を素直に愉しめるマニアには強力にリコメンドできる一冊ながら、自分のようなロートルにはやや取り扱い注意、ということで。