くらげ色の蜜月 / 戸川昌子

何だか超久しぶりに読んだキワモノ女王、戸川昌子女史の短編集。編者である日下三蔵氏の慧眼冴え渡る逸品揃いで、堪能しました。収録作は、ノーベル賞を期待される物理学者のイケメン男が、寒村で狂人男から人妻との契りを持ちかけられる「隕石の焔」、旅先で大けがを負った女優の妹の受難。その背後に隠された奸計を兄が探る「鷗が呼ぶ」、初婚の妻に逃げられた男が再起をかけて二度目の結婚で挑んだ初夜の決意「くらげ色の蜜月」。

百合地獄に堕とされたフランス女の現在と過去に仕掛けを重ねて哀切なドラマを描き出した傑作「エスカルゴの味」、とある性病の感染源を辿るうち、変態サロンの愉悦に目覚めて奈落堕ちする医者の悲劇「蟻の塔」、訳アリ妻との結婚を強制された男が、駆け落ちした妻の足跡を辿って行き着いた先は「ウルフなんか怖くない」、百合妻にセックスを拒絶されたあげくに発狂した友人の入院先を訪れた男の知った真相とは「悪魔のような女」。

レイプされて妊娠した女信徒のデタラメな証言から繙かれる”聖女”の”受胎”の真相とは「聖女」、キ印蟻学者を旦那に持つ妻の周囲で発生する蟻がらみの不可解な事件「蟻の声」、近親相姦地獄の日常を”あたし”の一人称で綴る「赤い的」、ボーイ好きのアル中センセイを世話する女の決意と顛末「蜘蛛の糸」。

謎多いマダムと”ぼく”の密儀に隠されたある秘密とは「奇妙な快楽」、女体盛りを超えるエッチな器に盛られた料理のブラックなオチ「蝋人形レストラン」、ゲバルト女とナンパ師の秘めやかな一夜を描いた「情事の絵本」。

さらっとあらすじを流すだけでもクタクタになってしまうほどの大変なボリュームながら、戸川昌子の短編のなかでもさらっとしたのどごしの物語が多く、昔からの熱狂的ファンであればややもの足りないのでは、と感じられるものの、作者の作品を初めて手に取るビギナーにはそれでもやや刺激が強すぎるカモしれません。

未読の作品が多く、個人的にははじめて読めただけでも大満足なのですが、気に入った作品だけ簡単に感想を述べておくと、まず「隕石の焔」は、タイトルにもある隕石をネタに頭のよい物理学者が知り合いの罠にハマって寒村に連れられてくる。その村にはある曰くがあり、主人公は男に飢えた村の女たちの夜這い攻勢を満喫したあげく、知り合いの妻ともまぐわうことに。しかしそこにはある奸計が隠されていて、……という話。奇妙な隕石と結びついた村の秘密、というあたりはゴシックホラーめいているものの、女王ならではのエロスをタップリとまぶした飾り立てがとてもイイ。

「鷗が呼ぶ」は女優が鷗に目を突かれる、というショッキングな事件に占いやキ印めく謎男を配した舞台装置がイカしていて、単なる偶然の事故かと思われた事象に暗い殺意が絡んでいたというミステリへと回帰していく構成も絶妙。収録作のなかではもっともミステリしている一編といえるかもしれません。

新妻に初夜を拒まれるという、男であればまず屈辱的で一生のトラウマになりそうな受難を抱えた人物の視点と、もう一つの視点を交錯させた表題作「くらげ色の蜜月」は、今で言うと大石圭フウの「絶望的なハッピーエンド」を満喫できる逸品でかなり好み。

「エスカルゴの味」はお気に入りの逸品で、マダムに百合の愉悦を教え込まれたフランス女を男が再び訪ねていくのだが、彼女の姉はなかなか当人に面会させてくれない。フランスに帰った彼女の過去に何があったのか、……という謎に、ある人物の、シンプルだがあっさりと見破られ”ない”トリックがもの哀しい。女の悲哀を見事に描き出した傑作でしょう。

「ウルフなんか怖くない」も、訳アリ女を押しつけられて結婚した男が、今度はその妻に駆け落ちされるというダブルパンチを食らうも、妻の足跡を辿りついにその居場所を見つけたのだが、――という話。現在の妻の境遇が冒頭にはっきりと明かされ、そこから過去を辿っていく結構なのですが、妻の心境はついにつまびらかにされないまま幕となるところが哀切を誘う。

「悪魔のような女」も、妻が実は同性愛で、夜ごと、隣のベッドで若い娘とニャンニャンしている痴態を見せつけられるという、考えるだけでもかなり辛そうなお預けプレイを繰り返されたあげくに発狂した男の語りに二重、三重の騙りを凝らした趣向が素晴らしい。男の話は本当なのか、それともタイトルにある通りなのか、疑心と憶測がないまぜになったまま突入する真相へ、さらにまた語り手とそれを聞く者の意想外な関係が明かされる構成など、ミステリ的なおどろきに満ちた好編でしょう。

語りという点では「蟻の声」も際だっていて、蟻に対するトラウマを持った女の身近で起こる蟻がらみの犯罪に隠された真相とは、――というミステリ仕立てながら、女王ならではのエロを超えたグロテスクな描写が素晴らしい。

――と、何だか一編一編ダラダラ書いていたら止まらなくなりそうなのでこのくらいにしておきますが(爆)、前にも述べた通り、「嬬恋木乃伊」や「擬態子宮」が収録された『嬬恋木乃伊』ほどのインパクトはないものの、女王の作品はまだ読んだことがなくて、……というビギナーであれば、入門編としてかなりオススメできるような気がします。

最初に手に取った一冊があまりに刺激が強すぎると、初心者にとっては逆効果にもなりかねず、たとえば「漫画大好き! 最近は『チェーンソーマン』と『呪術廻戦』にハマってます!」なんてノンケに早見純をすすめるのであれば、「47kgの荷物」、「のど奥深く」、「肉塊16年」あたりを「これ読んでご覧。人生変わるよ」なんておすすめするのが完全御法度であるのと同様、戸川昌子”本格”入門としてまずは本作をリコメンドするのがマニアの作法というものでしょう。

と言うわけで『大いなる幻影』『猟人日記』あたりで”足踏み”しているミステリファンへの”本格”入門の一冊としてオススメできる本作。とはいえ、「ミステリといえばロジックとトリック」という方には取り扱い注意、と言うことで。