リングサイド / 林育徳 (著), 三浦裕子 (訳)

傑作。ミステリではないのですが、先週の週プレで作者のインタビューが掲載されていたのと、「太台本屋」の三浦氏が訳者であることに興味を持って購入。物語は、小城なる台湾のとある田舎町を舞台に、プロレスを愛する者たちのエピソードが語られる連作短編集。

 収録作は、ホテルでバイトをしているプロレス好きのボーイが片思いのデリヘル嬢にアタックする「タイガーマスク」、開発が進む広場で繰り広げられるゲリラ・プロセスの顛末「西海広場」、旦那にブチ切れた元ヤン女の、場末ホテルでの一夜を描いた「紅蓮旅社」、優秀な家電販売員の口から語られる台湾プロレスの過去「無観客試合」。

プロセス試合を目撃したリストラ男の再生物語「テーブル、はしご、椅子」、プロレス試合に一家言あるボーイとばあちゃんのプロレス中継を介しての温かな交流を描く「ばあちゃんのエメラルド」、プロセス番組の実況アナウンサーとして有名だったオレンジ氏をめぐる謎「オレンジアナウンサー失踪事件」、とあるレスラーの語るインディー団体の歴史から登場人物たちの相関が明らかにされる「パジロ」、「タイガーマスク」での“マスク”の逸話の真相がある青年との出会いから美しい余韻とともに明らかにされる「青い夜行列車」。

物語が進むにつれ、登場人物の相関と、前話でさりげなく言及されていた逸話の裏話が明かされていく構成がまず秀逸。このあたりの小説技法の巧みさが、『歩道橋の魔術師』の呉明益氏を彷彿とさせる、――と感じていたところ、訳者あとがきによると、作者は呉氏に師事していたとのこと。納得です。

各話ごとに時間軸が曖昧なまま物語は進み、登場人物との交わりと語られる逸話をそれぞれ繋げていくことで、郷愁漂う小城なる舞台の情景が次第に浮かび上がってくる趣向も素晴らしい。冒頭の「タイガーマスク」で重要な小道具の役割を果たした“マスク”。そこに隠された逸話の真相が最後の「青い夜行列車」で当事者の口から明らかにされて幕となる構成もまた見事で、連作短編集としての考え抜かれた構成の妙も本作見所のひとつでしょう。

個人的な好みは、プロレスに関心のなかったリストラ男がメリケンのプロレス海外巡業に関わったことをきっかけに、新しい人生を歩もうとする「テーブル、はしご、椅子」と、台湾の夜の雨の情景が行間から鮮明に浮かび上がる「紅蓮旅社」、とある名レスラーの現在をばあちゃんに伝えようとする語り手の不安が、ある一言で一掃されるフックが痛快な「ばあちゃんのエメラルド」でしょうか。「紅蓮旅社」で登場人物の視点から他者として描かれていたある重要人物の“正体”が明かされる「無観客試合」との繋がりもイイ。

敢えて作中の時間軸を明確にしないまま、ささやかなエピソードを繋げていくことで登場人物たちの背景が明かされていく結構は、ミステリ作家でいうと伊坂幸太郎に近いかもしれません。傑作以上に“名作”といってもいい、呉明益『歩道橋の魔術師』が好みという読者であればかなり愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。