枯葉の中の青い炎 / 辻原登

ミステリというわけではないのですが、幻想小説として前々から気になっていたので、少し前に購入。簡明にして巧みな文体と筋運びで強度な幻惑をもたらす幻想小説の傑作でした。

 収録作は、浮気相手としばらく同棲するんで、と宣言した旦那と妻との別居状態から立ちのぼる隠微な犯罪の匂い「ちょっと歪んだわたしのブローチ」、ロッジの管理人の心に兆した不安が生み出す幻惑「水いらず」、三菱銀行強盗事件という“史実”に虚構を混ぜ込み、騙りの技法で現実を混乱させる「日付のある物語」、ザーサイと金魚のモチーフがお伽噺的な世界へと変容する「ザーサイの甕」、語り手の記憶と裏面の“史実”を混淆させ、読者を幻惑する「野球王」、童話と魔術と現実世界の“史実”が混信と氾濫を来して超現実世界の大伽藍を構築する「枯葉の中の青い炎」の全六編。

 いずれも強度な幻惑をもたらす逸品揃いで、一番スマートで明快なのは冒頭の「ちょっと歪んだわたしのブローチ」でしょうか。浮気している若い娘ッ子と期間限定で同棲するからヨロシクっ、という妻に宣言する男も相当にアレながら、澄ました顔で夫の浮気(期間限定)をアッサリと受け入れた妻が、二人の同棲生活を覗き見るうち、“理性的”な狂気とでもいうべき冷徹な行動力でもって、静かな奈落へと落ちていく後半の展開が白眉。解決編のないミステリのような幕引きとともに、ホラーっぽい味わいをも感じさせる一編に仕上がっています。

 「水いらず」は、語り手と視点が中盤から混乱を極めていく構成が秀逸な一編で、ロッジの管理人を務めていた男が、とある身体的理由で自らの勘を失い、悪夢へと滑り落ちていく展開が素晴らしい。ある来訪者の姿は明らかに幻覚なのですが、この現実が知らぬうちに幻想へと捻れていく趣向は、奥泉光の怪作『葦と百合』を彷彿とさせる。

 「日付のある物語」と「枯葉の中の青い炎」はちょっと似ていて、読者がいる現実世界の“史実”に、あったかもしれないもう一つの裏面の物語に混ぜ込んで、幻想小説へと昇華させた逸品。完成度という点ではやはり表題作の「枯葉の中の青い炎」が優れていて、どこかふわふわとした存在の語り手と、タイトルにもある青い炎をはじめ、装飾過多の逆をいく簡明な筆致によって描かれる魔術的情景が素晴らしい。

 個人的なイチオシは「ザーサイの甕」で、ザーサイと金魚という中国由来の二つのモチーフが、日本に辿り着いたあげく、トンデモない幻想世界が自在に拡がりを見せて行く趣向はまさに南米のマジック・レアリズム。実際、収録作にはコルタサルの名前がチラッと出てくるあたり、作者がこれを意識しているのは明らかでしょう。コルタサル的でもあり、ボルヘス的でもある展開と繋がりがタマらなく面白い。傑作でしょう。

ミステリ、ホラー、幻想小説、純文学、いずれもジャンルにも簡単に収まりきらない魅力を放つ逸品ぞろいゆえ、とんでもなくヘンな小説を読みたい、という本読みの方であれば、相当に愉しめるのではないでしょうか。オススメです。