安定の篠田節子。収録作は、知り合いから紹介されたスキンヘッドとともに、軽トラで暴風雨のさなか実家の米を運ぶ「田舎のポルシェ」、お互いの妻が友達という夫二人がポンコツボルボで北海道を旅する「ボルボ」、コロナ禍によって格安で使えるようになったホールでDVDの収録をすることになった婆さんが静岡を目指す「ロケバスアリア」の全三編。
ミステリ風味はまったくなく、驚きもないのですが(「ロケバスアリア」は最後にちょっとした驚きがアリ)、作者らしい、読後感が清々しい短編で堪能しました。「田舎のポルシェ」は気が強い中年女に、どこか情けなくも力強い男性という組み合わせで、東京の山奥から岐阜まで実家の米を軽トラで運ぶ、というお話。軽トラが岐阜から東京へと東名をひた走る光景が愉しく、見知ったインターの名前が出てくるだけでニンマリしてしまうのですが、『女たちのジハード』以降のヒロインに典型的な、「家」を背負った中年女の気丈さに加えて、スキンヘッドの、一見すると怪しくも頼りなさそうな男の印象が暴風雨という困難を経てから一変する流れも期待通りなら、災難から窮地を脱して思わぬ着想を得て、明るい未来を予感させる幕引きは作者ならではのハッピーエンド。
収録作の中で一番のお気に入りは、「ボルボ」で、退職した冴えない男二人がポンコツボルボで北海道を旅する、というそれだけのもの――かと思いきや、ひとりの妻がやたらと仕事のできる出版社の編集者で、有名人ともお知り合いというのがポイント。この男はとある作家と妻がデキているんじゃないかと邪推して、二人の取材先をウロついて妻には疎んじられるわ、ボルボは壊れるわの災難から一転して、あるものの出現から登場人物全員が大窮地に陥るという展開がトテモいい。本当に冴えない中年男を書かせたら天下一品という作者の筆が冴えまくった佳作だと思います。
「ロケバスアリア」は、昨年からのコロナ禍の状況を物語に織り込んだ一編で、イベント会社に勤める孫が祖母に、格安で借りることができたホールを使って、プロにDVDを作成してもらうのだが、という話。物語は祖母の視点から語られていくのですが、タイトルにもあるロケバスで静岡へと向かう途中の、どこかノンビリとした雰囲気や、他県ナンバー狩りでその名をあげた静岡県での受難の数々が微笑ましい。音に関しては一家言ありまくりなプロデューサーの老人とヒロインたる祖母との軽妙なやりとりから一転して、最後に明かされるある事実がもたらすおどろきと静かな感動も言うことなし。
ド派手な冒険譚ではないし、長編ならではの超弩級な作風ではないものの、『女たちのジハード』以降の、作者らしい女性キャラに加えて、冴えない男たちの機微をシッカリと描き出した各編は、ファンであればタップリ愉しめること請け合いといえるのではないでしょうか。オススメです。