『残花繚乱』以降は、怪談作家というより恋愛小説家の印象が強い作者の最新作。物語は、パート勤めのママさんがコッソリ通販で美顔器を購入するも、マンションの別の住人に届けられてしまう。実はこの誤配達を仕組んだのが、彼女の夫と不倫している愛人女。愛人女はさらに不倫相手の妻とツイッターで繋がり、二人の私生活を覗き見ようとするのだが、――という話。
主婦と不倫女の二つの視点で物語は進み、途中で少しだけ旦那の一人語りが挿入されるという構成で、それぞれの主観から、お互いの立場が語られていきます。一応、ヒロインは主婦の方で、旦那の言う通りにしている彼女が、この不倫女の仕掛けた誤配送をきっかけに自立していく、――というところが大きな縦軸ながら、三人の男女関係の背後でさりげなく描かれる家族の様態が興味深い。
後半、不倫女と主婦が一緒に会って話をするシーンがあるのですが、その中で、主婦が「家族の輪郭」という言葉を持ち出してくるところに要注目。それに対して、「家族の輪郭? 何それ」とまったく理解できない不倫女に対して、旦那の不倫を疑っている主婦は「うちは今、夫がよそ見をしてて、その輪郭がちょっと薄くなっている。だから、わたしがいつもより多くなぞって、なんとか形にしている感じ」という台詞が秀逸です。
形も定かならぬ「家族」は、そのままそこに実体としてあるものではなく、人の意識と作為によって立ち現れる。作者は『枯骨の恋』という怪談でデビューした後、『残花繚乱』からは大きく作風を変えて恋愛小説に軸足を移したように見えるものの、本作での「家族の輪郭」は、初期作における「怪異」とほぼ同じであるように見えるところが興味深い。「枯骨の恋」で描かれる怪異もまた人の意識を離れてそこにあるものではなく、人が視るものであり、その点では、本作のヒロインが縋る「家族の輪郭」も変わりはない。ジャンルを変えながらも、作者の書こうとしているものは一貫しているように見えるのは自分だけでしょうか。
不倫女の仕掛けた誤配達は、ヒロインである主婦の自立を促し、また不倫女自身も、もう一人の友人男性を通して、主婦の話していた「家族の輪郭」を目の当たりにした挙げ句、不倫愛からの自立を決意する。このまま物語は終わるのかナ、と思っていると、エピローグの「地獄の向こう」で、一番のワルに鉄槌が下されることになる。このエピローグの幕引き、個人的には蛇足に感じられたものの、読者層のメインが女性だとしたら、この結末以外にはありえないという気もする(爆)。
『生き直し』のように最後で恐怖の大爆発があるわけでもなく、恋愛小説のジャンルに括られるべき一冊ながら、『フリー!』『残花繚乱』を愉しめたファンであれば必読といえるのではないでしょうか。オススメです。