ボーンヤードは語らない 〈マリア&漣〉シリーズ / 市川 憂人

傑作。実はこの「〈マリア&漣〉シリーズ」における探偵二人はあまり好きではなかったのですが、本作を読了して印象が一変。シリーズものとしては四作目ですが、個人的には一番のお気に入りとなりました。

収録作は、飛行機の墓場で深夜に発生したコロシの謎「ボーンヤードは語らない」、学生時代の漣が、先輩の家にお邪魔した夜に発生した雪密室の真相が時を経て明かされる「赤鉛筆は要らない」、殺された親友の謎を解いた若き日のマリアの挫折と決意「レッドデビルは知らない」、マリアと漣がコンビを組んだ初めての事件「スケープシープは笑わない」の全四編。

タイトルにもなっている「ボーンヤードは語らない」は、飛行機の墓場という、花形とはほど遠い職場で鬱々と仕事をしている男の視点から事件の様態が語られる構成がミソで、コロシという表層の事件と窃盗事件が交差する一点から、暗闇の墓場で発生したコロシの真相が繙かれていきます。コロシの動機を探るうち、密かに行われていた窃盗事件が明かされていき――という展開のスムーズさに隠された語りの仕掛けが素晴らしい。

「赤鉛筆は要らない」は、若き漣が先輩アネキの家にお邪魔して、エロいこともなく先輩カノジョに勉強を教えていると、いかにも怪しい叔父叔母が押しかけてくる。渋々招き入れるものの、傍若無人な振る舞いに眉を顰めた先輩アネキは、漣に今夜は家に泊まっていって、とお願いするも、雪の降るこの日の夜に、離れでアネキの父親が死体となって発見され――という話。

どうして先輩家族が叔父叔母の振る舞いに甘んじているのか、というあたりにも探りを入れて事件の構図を探っていくものの、彼はこの事件の謎をその場で解くことなく、時を経て、先輩アネキへの手紙の中で事件の真相を語るという構成が秀逸です。叔父叔母が押しかけてきてからの、いかにも嫌なことが起きそう、という流れがスリリングで、実際、読者の期待通りにコロシが発生するものの、雪密室の仕掛けが判らない。実はこの雪密室トリックの謎を解いたのは意外な人物だったりするのですが、この話が最後の「スケープシープは笑わない」で語られる趣向も心憎い。

「レッドデビルは知らない」は、マリアがまだ学生だった頃の事件を描いた物語。校内での陰湿な人種差別や階級差別などが事件の背景にあるのですが、マリアは、風変わりな性格のルームメイトとともにその謎に挑みます。被害者の側に作者はちょっとした仕掛けを凝らしてい、多くを語ることはできないのですが、国内の作家の某短編集やもう一つ海外の長編に先例はあるものの、変わり者のマリア自身に向けられた同級生たちの偏見が精妙な隠れ蓑になっていて、そのことを読者に気づかせない。

電話を使った古典トリックと思わせておいて、そこにこの時代ならではの機械トリックで反転させながら、メインの仕掛けは「そちら」側だというところも盤石で、収録作中ではもっともトリッキーかもしれません。ここでは、真相を解明しながらも、真犯人を追いつめることができないマリアの挫折と決意が、続く「スケープシープは笑わない」へと繋がっていく趣向にも要注目、でしょう。

最後の「スケープシープは笑わない」は、子どもの通報から、児童虐待を阻止すべく、マリアの気づきと推理が冴えを見せるものの、後日、その家でついに事件が起きてしまう。事件を未然に防ぐことができなかったマリアの悔しさともどかしさに対して、冷静沈着に応じる漣というコントラストも素晴らしければ、事件の端緒となった虐待事件がまったく違った構図を見せるマリアの推理も言うことなし。悲惨な事件でありながら救いを持たせた幕引きの最後が、「赤鉛筆は要らない」に繋がり、そして『ジェリーフィッシュは凍らない』へと直結するシリーズものとしての構成がもう最高。

『ジェリーフィッシュ』のようなド派手なトリックこそないものの、構図の反転と細やかな語りの仕掛けで見せてくれる短編の精度は高く、現時点での作者の最高傑作と思う『揺籠のアディポクル』に次ぐお気に入りとなりました。

「〈マリア&漣〉シリーズ 」大好きというファンであれば、もちろん気に入ること請け合い、なのですが、むしろ自分のように、どうもこの二人のコンビはいけすかないなァ……と感じていた読者にこそ手に取ってもらいたい一冊。印象が一変します。というわけで超オススメ。

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