愛されすぎた女 / 大石 圭

大石ワールドとしては、口淫肛虐はもとより、首輪から刺青まで相当に激しいエロスを展開させながら、そのいずれもが「実用」を目指したものではなく、登場人物たちの悲哀と因業を際立たせるための絶妙なガジェットとして機能しているところは期待通り。今回は、ヒドい目に遭うヒロインがタレント崩れの馬鹿女という筋立てゆえ、終了直前まであまりのめり込むことはできなかったのですけれど、最後の最後に大石氏の解説を読むにいたって、それまでの不満のすべてが吹き飛んでしまいました。その理由については後述します。

物語は、タレントを目指すもついに花開くことなく今は派遣社員をしているという女がヒロインで、彼女は「金持ちと結婚して有閑マダムになる」という野望を持って、結婚相談所に登録をすることに。しかしこの女の希望というのが、「できれば、ハンサムで、背が高くて、上品で優しい人がいいです」とか「わたしが165センチなんで、できれば相手の男の人は175センチ以上がいいです」などと、「身の程を知れよッこのアマッ!」と物語の外から罵声を浴びせたくなるほどのアレっぷり。

あげくに「相手の年収は、少なくとも3000万円はほしいです」などとほざくものだから、身長が175cm以下で当然年収も3000万円に満たないボンクラとしては、このアマに感情移入することはもう不可能、いったいこの女がどれだけひどい目に遭うのかということ「だけ」を期待して頁をめくっていくことになります。

そんな身の程を知れよッ!というリクエストの結果、結婚相談所から紹介された男というのは当然訳アリで、年収は軽く一億を越えるという大金持ちながら、四度の離婚歴があるという訳アリにも程があるほどの強者ぶり。さらに離婚をした女というのが不審死を遂げているというから穏やかじゃない。それでも有閑マダムの生活に憧れる馬鹿ヒロインはホイホイと結婚を約束してしまうわけですが、婚約をしてからさっそく彼女の試練が始まります。

暴力的なセックスから刺青に強制首輪とかなりヒドい目にあうものの、「ざまーみさらせ!」という以外にまとまった感慨も浮かばない展開は、主人公がどんなゲス男でも応援してしまった『アンダー・ユア・ベッド』とは対極を行く仕上がりで、大石氏もそんな読者のヒロインに対する反感を見越してか、調子に乗りすぎなヒロインのヤリすぎぶりは物語が進むにつれてさらにヒート・アップ。かつての恋人との浮気が発覚し、当然恐ろしい罠とキ印旦那の復讐が待ち構えているわけですが、後半の対決は大きくホラーへと傾いていきます。

そしてここにいたって、半分モンスターと化した旦那に立ち向かっていくヒロインに対する感情が大きく変化していることに読者は気づかされるわけですが、今回大石氏が本作に仕込んだ仕掛けがコレ。近作では『地下牢の女王』において、大石小説に期待される風格と展開を敢えて裏切るかたちで、読者に対してより強い感情の楔を打ち込んでみせるという技法を見せてくれた氏でありますが、本作ではこの技巧に隠された作者の真意をあとがきに明かしてくれています。

そしてこの真意はまた同時に大石小説における「絶望的なハッピーエンド」に込められた作者の強いメッセージを読み解く鍵にもなっているゆえ、自分のような大石ファンであれば今回のあとがきは今まで以上に必読、といえるのではないでしょうか。

不満がありつつ読み進めていっても最後は結局、大石氏の掌の上で踊らされるかのごとく、強烈な楔を打ち込まれてしまうという作風ゆえ、アバズレ・ヒロインのアレっぷりを嗤いながらも心してかかる必要があるという問題作。特に昨年の震災以降に発表された本作においては、大石氏の鮮烈なメッセージが心に響く読者も多いに違いなく、口淫肛虐の大盤振る舞いというかなり読者を選ぶ作風ながら、より多くの読者には手にとってもらいたい一冊といえるのではないでしょうか。オススメでしょう。