影踏亭の怪談 / 大島 清昭

猛偏愛。普通に人死にもあって密室もあるのだけど、その内実はガチの実話怪談。本格ミステリとホラーの融合というときは、本格ミステリにロジックでは割り切れない怪異を添えた構成がスタンダードではと思うのですが、本作はその逆を行き、実話怪談からググッと本格ミステリに寄せた趣向で堪能しました。

収録作は、曰くアリの宿の怪異を取材していた姉が、密室の中で瞼を縫われた緊縛状態で見つかると、弟はその宿にまつわる謎を解くべく件の宿を訪れるのだが――表題作にもなっている「影踏亭の怪談」、首無し幽霊が現れる魔トンネルの怪異に、謎の失踪事件をぶち込み、後の怪異の精妙な伏線とした「朧トンネルの怪談」、キッモチ悪い泥まみれの魔物が出現する坂の上の家で発生した神隠し事件が怪しい密室へと転じる「ドロドロ坂の怪談」、死体の傍に置かれている冷凍メロンの都市伝説を繙くうち、すべての怪異の端緒となる恐るべき真相が明かされる「冷凍メロンの怪談」の全部四編。

「影踏亭」や「ドロドロ坂」はわりとガチの密室が出現し、「朧トンネル」についても衆人環視の変形密室、さらに「冷凍メロン」についても監視カメラを設えた密室状況といった具合に、本格ミステリマニアであれば、むしゃぶりつきなくなるような密室がテンコモリという一冊ながら、上にも述べた通りに、本格ミステリとしての仕掛けはありつつも、怪異の強度が桁違いに激しいところが本作の個性。ミステリ的な謎やトリックが時にあっさりと放擲されてしまう趣向は賛否両論あるのでは、と推察されるものの、怪談から怪異を力を本格ミステリへと逆照射した個性はかなり貴重といえるのではないでしょうか。

登場人物たちの怪異に対する立ち位置が定かではない初っぱなに「影踏亭の怪談」をブチあげて、その後の探偵役というべき怪談作家の姉貴の受難を、語り手の弟が解いていく一方、姉貴の綴った怪談が入り替わりに挿入される構成がとてもいい。曰くアリの旅館で姉貴が出くわした密室事件の謎を弟が解いていく――という期待通りの展開が最後には意想外な真相へと帰着するのですが、この真相を語る姉貴に降りかかった受難がいともあっさりとアレだったと明かされる幕引きには完全に口アングリ。密室の真相がややおトイレ臭のする定番トリックで決着しつつも、姉の受難がコレだったという不意打ちに憤怒するか、あるいは「そういうものなのか」と受け入れるかで、この後の展開に対する評価が決まるような気がします。

怪異を添えたある事件にもう一つの本格ミステリらしい事件を並べて、怪異の真相を繙く流れから本格ミステリ寄りの謎を推理していく――というのが本作の構成ながら、「朧トンネルの怪談」では、トンネル内部のトリックはこれまた「影踏亭」と同様、存外にアッサリしたもので片付けられるものの、トンネルからザクザク出てきたあるモノについてはスルーしたまま幕となるシメ方にモヤモヤを残しつつ、これが最後の「冷凍メロン」でその背景が明かされる仕掛けも心憎い。

「ドロドロ坂の怪談」は坂の上の家の神隠しや、昔からの曰くのある沼の正体、さらには坂を行く怪異の所以の重層化など、怪談としても見所の多い一編で、個人的には収録作中、一番の好みでしょうか。泥まみれの密室といういかにもカー的な様態ながら、密室トリックの可能性を匂わせつつ、それをあっさり向こうにブン投げたあげく、ぞっとする怪異で締めくくる怪談らしい幕引きもまた見事。

「冷凍メロンの怪談」は、前三編の集大成的な一編で、ズバリ的中の占い師にまつわる背景と雪密室に加えて、探偵役にして語り手の怪談作家が巻き込まれた密室事件という二つの謎を並べつつ、後者についてはこれまたロジックでの解決があるかと匂わせながら、あっさりと被害者の言葉によってそれを否定して、騙りの仕掛けを爆発させる構成が素晴らしい。それに加えて、占い師が頼っていたあるものの話が吐き気を催すほどの気持ち悪さで、それが前三編――とくに「朧トンネル」に残された怪異の謎に繋がっていく連作怪談短編としての結構は本作細大の見所でしょうか。

本格ミステリとしての謎解きとトリックを敢えて放擲して、怪異の存在をより際だたせた本作の狙いを読者がどうとらえるかによって大きく評価が分かれるのではないかと思われる一冊ながら、怪談“寄り”どころかモロ怪談といった物語はかなり好み。この登場人物で続編は難しいものの、作者のこの路線での次作には大いに期待したいと思います。オススメ。