開城賭博 / 山田 正紀

歴史のifを巧妙な法螺話に仕上げた歴史ものの逸品。物語の背景となる時代がいくつかにわたるためごった煮風味が強い一冊ながら、それがいい。収録作は、江戸無血開城の背後で繰り広げられたタイトル通りのあること「開城賭博」、張作霖爆殺事件に関わっていた曾祖父の手帳に記されていた陰謀劇「ミコライ事件」、亡くなった父の文庫本に挿まれていた一枚のスケッチ画から繙かれる防諜ドラマ「防諜専門家」。

両親の離婚危機の引き金となったある偽書の記述からユーモア味のある男女のドラマが語られる「恋と、うどんの、本能寺」、山中で壮大に展開される馬術アクション「独立馬喰隊、西へ」、メリケンへと向かう船中における勝海舟の秀逸な推理「咸臨丸ベッド・ディテクティブ」の全六編。

諜報ものが大好きな自分が堪能したのが、「ミコライ事件」と「防諜専門家」で、「ミコライ」は、――張作霖爆殺事件の後、列車内での爆破事件の任務を命じられた「私」は策を練り、いよいよ実行に移そうとするのだが、という話。諜報ものならではの意想外などんでん返しが用意されてい、当初の目的が変転して、まったく違う絵図を明らかにする展開が素晴らしい。

続く「防諜専門家」も「ミコライ」と同じ、語り手が身内の遺した謎を語る入れ子構造の物語で、こちらは『舞姫』に挿まれていたスケッチ画からある女性の謎が提示され、松本清張の『張り込み』に絡めて、語り手の父がした行為の謎が重ねられていきます。『戦艦武蔵』に書かれていることが史実だと語る父の一言から、小説内の虚構が現実のものとして繙かれていく構成が素晴らしい。父の遺した日記から、金庫に納められていた現金消失事件の謎の背景を描き出していくのですが、一人の女性の真意と彼の幼少時の淡い記憶を重ね合わせていき、最後の最期に物語は語り手へと回帰して、日記帳に書かれていた「事実」から構成された物語を、『舞姫』とある女性を描いたスケッチ画の連関によって反転させる仕掛けが心憎い。

「恋と、うどんの、本能寺」もお気に入りの一編で、作者ならではのユーモアが楽しい。両親が離婚しそうだ、という端緒から、偽書に記された内容の真偽を巡る謎解きが展開されるかと思いきや、――もちろんそれもあるのだけど、うどんを介した男女のドラマが、どことなく篠田節子を彷彿とさせるところも自分好み。

「咸臨丸ベッド・ディテクティブ」は、アメリカへと向かう船中でひどい船酔いに悩まされる勝海舟に、ジョン万次郎が物語を語り、その謎を彼が解き明かす、――という物語。第一夜から第三夜まで、みっつの怪談語りにタイトル通りの“ベッド・ディテクティブ”が披露されるのですが、どこか既視感のある物語の背景が最後に明かされる趣向がとてもいい。

どんでん返しやユーモアを添えた歴史もので、作者のファンであれば必ずや好みの一編を見つけることができるのではないでしょうか。オススメです。