死体の汁を啜れ / 白井 智之

やたらと人死にが多い東北のとある港町を舞台に、妙ちきりんな死体が登場して、占い師の娘っ子やヤクザ、悪徳女刑事などがその謎解きに挑む連作短編集。収録作は、豚の面倒を見ていたヤクザの組長がタイトルマンマの様態で発見される「豚の顔をした死体」、ギロチンで首チョンパと手足を切断された死体を巡る物語「何もない死体」、天井から吊され血抜きされた死体の様態に秘められた犯人の妄執「血を抜かれた死体」。

臨月妊婦のように腹を膨らませた死体の謎「膨れた死体と萎んだ死体」、怪しげなテーマパークで拷問道具によって山谷を逆に二つ折りされた死体を巡る「折り畳まれた死体」、「屋上で溺れた死体」、死体の中にもうひとつの死体が仕込まれた奇天烈な謎の背後に隠された悲劇「死体の中の死体」、メチャクチャに損壊されながらもどうにか生きている“死体”の“生かされた”理由とは「生きている死体」の全八編に、前日譚と後日譚を加えた物語。

個人的にタップリ愉しめたのは、「何もない死体」、「血を抜かれた死体」、「死体の中の死体」、「生きている死体」あたりでしょうか。

「何もない死体」はギロチンを用いた機械仕掛けの破天荒さが光る一編で、首を切り落とされた死体に加えて、もう一つの死体の出現に辻褄合わせの推理が披露されたあげく、細やかな伏線回収によって明かされる真相を逆に辿ると、ギロチン絡みのある逸話もが大胆なヒントとなっていたことに気がつく構成が心憎い。

グロ満載の異世界を舞台にしつつも、存外に伏線回収が丁寧なゆえに、真相へと帰結するロジックが地味に感じられた結果、舞台と論理のギャップに小粒感が増してしまう、――というのが以前から何となく感じていた作者の作品のマイナス点だったりするのですが、登場人物は奇天烈ながら、地に足の着いたキ印の舞台とギリギリ・リアルな死体の様態とのバランスが本作の場合は秀逸で飽きさせません。

密室の中で見つかった逆さ吊りの死体を巡る「血を抜かれた死体」は、死体の奇天烈さに密室を加えた好編で、途中で披露される『虚無への供物』の黄司が仕掛けたアレをフと想起してしまうアレに思わずニヤニヤしてしまうところが好印象で、個人的にはなぜこのような犯行をブチあげたのか、その後の展開を考えての犯人の妄執と動機に惹かれました。

「死体の中の死体」は、タイトル通りに死体の中から死体が出てきた、というもので、実行犯の奸計を超えたあるものの企みが、真相開示によって悲哀とともに明かされる構成が素晴らしい。この捻れた哀歌を添えたドラマは平山夢明を彷彿とさせます。

「生きている死体」は、本作の趣向の敢えて逆をいき、本来であれば殺されているはずの“死体”がなぜ生きているのか、――逆にいうと「何故生かされたのか」という謎がポイント。本作の趣向が「犯人はなぜ死体をそうしたのか」に力点を置きながら、不可解な死体の様態を引き起こしたある種の不可抗力や、あるものの意想外な行動を繙いていくことに気がつけば、死んでいない“死体”というのも十分にアリ。グロテスクな生きる“死体”の損壊箇所の一つ一つには必然的な理由があるのですが、それが次々と明かされていくにつれ想起される犯行の様子はかなり恐い。作者の真骨頂である細やかな伏線回収と端正なロジックとはやや趣を異にする奇想が炸裂している点で、「死体の中の死体」と並ぶ個人的ベストでしょうか。

『ミステリー・オーバードーズ』ほどの奇天烈な物語世界ではないものの、寧ろギリ現実世界の中で描かれてるグロ死体と細やかな推理はベストマッチともいえる仕上がりで、さらに『そして誰も死ななかった』に見られた奇想をタップリ堪能できる「死体の中の死体」と「生きている死体」を読めただけでも大満足。個人的には、現時点において『名探偵のはらわた』と作者のベストかもしれません。オススメです。

 

ミステリー・オーバードーズ / 白井 智之

名探偵のはらわた / 白井 智之