偏愛。第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作。“ミステリ&ホラー”大賞らしい物語で堪能しました。あらすじは、怪談師の女性と同居人の女の子が、魚絡みの怪談の曰くを辿っていくのだが、それらは奇妙な繋がりを見せていき――という話。
実話怪談とも相性バッチリと思しき簡明な文体で、わざと怖がらせるような煽り方を忌避しながら、物語を淡々と進めていくなかで、ヒロインをはじめ登場人物たちの背景を明らかしていく展開がまず秀逸。コンパクトにまとめた長さとも相まって、非常に読みやすい一冊に仕上がっています。
冒頭に、怪談師である語り手が、体験すると死ぬ怪談を集めているといい、その効果を見るために、呪いや祟りで死にたい女性を連れ添っているという、かなりダークな理由を明かして見せるのですが、語り手がなぜそんなことをしているのか、そして相棒たる女の子がなぜそんな企みに敢えて乗っているのかは判然としない。「釣り上げると死んでしまう魚」という怪談を調べていく過程で、徐々に語り手の過去とその動機が明かされていき、さらに中盤以降のとある事件、というかトラブルをきっかけに、フシギっ娘かと思われていた女の子の過去語りから、彼女が存外にノーマルだったことが判明する筋運びが非常にスムーズ。
怪談語りとルポを生業にする人物たちも何人が登場するのですが、アングラなゲス野郎や後輩思いのいい男だったりと、我々と地続きの日常に生きている者ばかりで、終盤に至るまで怪異の片鱗はいっこうに姿を現さない、――このあたりに怪談ジャンキーの読者はやや不満に感じるのでは、と推察されるものの、冒頭にさらっと語られていた怪談が、魚の怪談と思いも寄らぬ繋がりを見せたりと、その源を辿る過程で語り手が見聞きした怪異を次々と呑み込んでいき、それが最後にミステリ的な逆転を見せる構成が面白い。個人的にはこのミステリ的な展開はB級ミステリっぽくてアレかな、と感じたものの、それを差し引いても、作者の怪異に対する立ち位置と、その見せ方に惹かれました。
後半、ある人物が「これはそういう怪談」なんだと嘯き、怪異の背後にある正体をはっきりさせないまま、語り手が危機的な局面でその姿を幻視するのですが、この描写がとてもイイ。「文字通り不可視な」ものを「視ている」――幻想耽美を排したこの筆致だからこその、恐い、というよりは畏怖するという言葉が相応しいものの存在をさらりと描き出した作者の素晴らしさ――“ホラー”大賞の物語でありながら、ホラーに前のめりになり過ぎない作者の立ち位置は、ホラーとミステリの融合という点において新たな地平を見せてくれるような気がします。
巻末には選評が掲載されているのですが、なかでも辻村深月はこの作品の魅力を語り尽くしていて、必読。作者の次回作を期して待ちたいと思います。オススメ。