花束は毒 / 織守 きょうや

ちょっとした問題作。巧みな誤導と真相から導き出される奈落感はイヤミスの範疇に収まるものの、最後の最期にしめくくりについては、個人的にやや違和感が残る一冊でした。

あらすじはというと、――かつてのご近所さんで家庭教師だった男と再会したボーイは、婚約者もいる彼が不可解な脅迫をされていることを知る。主人公のボーイは、中学時代に兄の虐めを解決してくれ、現在は探偵をしている先輩女性に、脅迫者を突き止めてもらいたいと依頼するのだが、という話。

主人公は、パパが検事正、祖父が高裁判事、母親が裁判所書記官という、まさに法曹界のサラブレッドで、彼じしんも将来は法曹界に入ることを考えている。なので、正義に関しても一般人よりも深く考えてい、さらには中学時代の先輩女性の所業についても思うところがあって、――という背景から、物語はこのボーイと、先輩女性の探偵ふたつの視点から語られていきます。

依頼を受けた先輩女性の探偵が色々と探りを入れていくうち、くだんの元家庭教師の男が過去に犯した強姦疑惑が持ち上がり、脅迫しているのはこの過去の事件の関係者ではないか、という流れから聞き込みが続けられるのですが、元家庭教師の男はどう見たって「いい人」で見知らぬ女性に強姦をしかけるような悪人とは思えない。冤罪が確実ではあるものの、事件は示談で解決していて、被害者の背景を探るのには法律的ハードルが立ちはだかる。そこを違法ならぬ脱法スレスレ(?)なやり方で探偵は被害者の関係者を探り当てるのだが――と、ここからその関係者のひとりと面会することで意想外な事実が明かされます。

実はここに至るまで、「こういうことだろうなァ……」というアタリはついていて、最後まで読み進めると実際にその通りだったのですが、ここで明かされる意想外な事実の提示は、ミステリを読み慣れた読者にとっては、その推理を完全に覆すものだったりするところが面白い。「えっ、じゃあ違ったノ?」と思わせつつ、さらにそこから導き出される事実を反転させ、後景に退いていた「化け物」の正体とその恐るべき執念・狂気を明かして、ミステリ読みが考えた通りの推理へと回帰する構成が素晴らしい。

予想通りの結末に着地するものの、転換点で明かされる意想外な事実――その物的証拠を手に入れるために「化け物」が試みた一連の行為がたまらなく恐ろしく、ボーイの穢れなき視点と、冷静な探偵の二つの視点が生み出す誤導を想定して読み進めた読者にとっては予想通りの真相ではあるものの、その狂気の深度には完全に度肝を抜かれました。

やや評価が分かれるのでは、と感じられるのが、一連の真相を知った主人公の決断は結局どちらに傾いたのか、その点を読者の想像に委ねてしまったことでしょうか。最終的な真相がミステリ読みの予想・期待通りのところに帰着したがゆえに、なおのこと、法曹界を志すボーイの決断が読者の予想を超えるものになるのだろうな、とワクワクしていたら、タイトルの趣向をガッツリ活かした奈落でジ・エンド。この点でやや物足りなさは残るものの、むしろ読者に委ねた趣向の方が、イマドキは受けがいいのカモしれません。

読みやすい文体と、二人の視点を見事に活かした構成、だらだらと引き延ばすことなくほどよいボリュームにまとめられているところなど、ひとまず手に取ったら後はノンストップで最後まで突き進めるリーダビリティの高さと、カジュアルなミステリ読みにも強くオススメできる一冊に仕上がっているのではないでしょうか。オススメです。