非実在探偵小説研究会22号 / 非実在探偵小説研究会

今号は「横溝正史没後40周年」とのことで、お題競作も「横溝正史に関連した創作」がテーマ。収録作は、「車井戸はなぜ軋る」をネタに、因習が残る集落でのコロシを書簡形式で繙いていく麻里邑圭人「悪魔のチェーンソー 異説『車井戸はなぜ軋る』」。意想外な姿で存命している名探偵“キンダイチ”がいる密室でのコロシを描いた蜜壷汁ノ介「コース・K・キンダイチの最終推理」。山中で見つかった三死体の謎にどんでん返しと華麗な卓袱台返しが冴える奇才・佐倉丸春「薔薇女」。八つ墓村を彷彿とさせる過去の村人ミナゴロシ事件に横溝ミステリのモチーフをふんだんに鏤めた神崎蒼夜「醜悪祭 または八つ墓村リヴァイバル」。本陣と同様の事件を起こさんと決意した男のアレな真相が苦笑を誘う三田村恵梨子「「本陣殺人事件」を読んだ男」の全五編。

冒頭の麻里邑圭人「悪魔のチェーンソー 異説『車井戸はなぜ軋る』」は、横溝正史をお題に据えたからこその物語世界に違和感なく埋め込まれた伏線が、後半の推理によって浮上してくる構成が美しい一編で、仕掛けという点では作者の最高傑作ではないでしょうか。ダム建設に関して諍いのあった二家の末裔の住む集落という、横溝ミステリあるあるの舞台に、書簡でのやりとりや、行方不明になっていた男の帰還といったモチーフによって構築された舞台がまず秀逸。本作では、そうした明確に可視化された舞台の隅にさらりと言及された汎用性の高い横溝ネタがさりげなく置かれてい、それが推理の過程において様々な形となって伏線回収へと転じていく趣向が素晴らしい。

横溝ミステリをトレースした舞台装置ゆえに、それは事件の経過においてはあっさりと見過ごされてしまうものの、この種子は大胆にも冒頭に傍点付きで語られているところも心憎い。そして書簡形式だからこそのフーダニットの真相のおどろきとともに、あるものの操りが明かされることで事件の構図が一変する幕引きと、横溝モチーフのなかにミステリの愉しみドコロをギュウギュウに詰め込みながらも、冒頭に記されたたったひとつの「あること」から生まれる伏線回収の美しさも相まって、非常にスマートに感じられる結構がとてもイイ。

続く蜜壷汁ノ介「コース・K・キンダイチの最終推理」は、現代を舞台に据えつつ、名探偵が意想外な姿で存命していたというバカミス的趣向が二重丸。いったいどんな姿で、――というのは敢えて伏せておきますが、横溝というよりは海野十三あたりを彷彿とさせるその異形の名探偵と現代的な研究室が事件の舞台というミスマッチ感だけでも相当の眩暈を誘うものの、そこへ家系図も重ねて横溝ワールドを二重増しにしたなかで、現代らしい密室事件が発生する。金田一ならぬキンダイチの推理に、居合わせた人物たちが疑問符つきまくりの茶々と解説を入れるところで苦笑を誘うと、推理は一気に急旋回して、横溝ワールドへと回帰し、思いも寄らぬ動機が明かされる幕引きが狂気を誘う怪作です。

佐倉丸春「薔薇女」は、奇才らしからぬ横溝ワールドに則った古風な展開で物語は進んでいきます。ひとりの男に恋していた三人の女が山中で死体となって発見される。まず男が疑われるが彼には鉄壁のアリバイがあり、――一見すると地味な事件の謎解きに金田一が挑むのだが、書き主の証言から女たちに送られてきた手紙の内容には奇妙な食い違いがある。それをとっこに推理は一転して解決かと思われたその瞬間、斜め上からの鉄槌によってホラーへと転じる幕引きは奇才ならでは。横溝ワールドでも奇才はシッカリ平常運転で、作者の個性が横溢した一編です。

神崎蒼夜「醜悪祭 または八つ墓村リヴァイバル」は、収録作のなかではもっとも長く、読み応えは十二分。一応舞台は現代の200X年で、携帯電話が登場するものの、電波状態はお察しという山中で発生した村人ミナゴロシ事件の真相は、という話。双生児のすり替わりと共犯者の存在が推理の過程でネチッこく考察される趣向ながら、この作品も「悪魔のチェーンソー 異説『車井戸はなぜ軋る』」同様、構成の美しさに惹かれました。

本作では、共犯説を検証していく推理そのものが巧妙な誤導となってい、さながら二つに折りたたんだ一枚紙をそっと開いて、その片側だけを読者に覗き見させているような、――とでもいえばいいか。典型的なマジックの技法ながら、読者の目線の届かない、折りたたんだ片側の裏面が、現代の推理によって繙かれていく展開は最高にスリリング。すり替わりと共犯者という事件の構成要素はそのままに、推理の過程でその姿が大きく転じて、最後にはこれほどのミナゴロシを敢行した犯人のシンプルな動機が明かされて幕となる趣向も素晴らしい。傑作でしょう。

三田村恵梨子「「本陣殺人事件」を読んだ男」は、本陣そのままの新婚初夜に実行しようとする語り手のホワイダニットが秀逸な一編。本陣を裏返して、かなりアレな真の動機を明かすとともに、横溝ミステリらしいモチーフを犯行様態に加えて誤導を誘った趣向が面白い。

いずれも「ちゃんと横溝作品と関連を持たせること」という縛りが絶妙な効果をあげた好編揃いながら、その仕掛けと奇想で横溝ミステリを未読の読者でも十二分に愉しめるのではないでしょうか。特に、ある因習の一点が伏線回収へと転じる構成の美しさが際だつ「悪魔のチェーンソー 異説『車井戸はなぜ軋る』」と、「コース・K・キンダイチの最終推理」のバカらしい奇想は刮目に値する逸品といえます。超オススメ。

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