怪奇小説集 / 遠藤周作

確か大昔に読んだはずで、頁を繰るうちに既視感のある物語に出くわすこと度々――という一冊ながら、少しばかり最近のミステリ小説に倦んでいたのと、平易な文体で書かれた短編小説を読みたくなったので、電子本にて講談社文庫版をゲット。タイトルに“怪奇”とあるものの、イマドキだと奇妙な味、と言った方がシックリ来るかもしれません。

収録作は、作者が実体験したフランスのルーアン、リヨン、熱海での出来事を綴った「三つの幽霊」、怪談会に参加した作者が無気味男と乗り合わせたタクシーでの恐怖体験「蜘蛛」、古道具屋で手に入れたカメラが写し出す怪異「黒痣」、「三つの幽霊」で語られた熱海の宿での怪異の真相を確かめるべく再び突撃を敢行した「私は見た」。

霧山事件が他殺かどうかを占い師に尋ねたことが不可解を引き寄せる「月光の男」、リヨンの殺人事件に加えて、田舎暮らしの平凡女がクソ旦那にブチ切れた挙げ句の恐るべき凶行を描いた「あなたの妻も」、「私は見た」の続編ともいえる名古屋にある心霊館の珍騒動「時計は十二時にとまる」。

とある館の留守番バイトに手を上げた女子大生が体験する奇妙な出来事「針」、列車の中で再会したかつての部下に誘われるまま泊まった宿での怪体験「初年兵」、軽い気持ちでジプシー女と結婚の儀式を上げてしまった男が案の定、呪いによる報復を受ける「ジプシーの呪」。

気弱男が同僚に金を貸したばかりに蟻地獄へと堕ちていく「鉛色の空」、口うるさい旦那を持つ平凡妻が凶事を告げる予知夢に苛まれる「霧の中の声」、文学賞を受賞した美しいお嬢さんの背景にチラつくある死者の影「生きていた死者」。

バアで怪物に扮して客を驚かすという奇妙なバイトを体験した男の告白「甦ったドラキュラ」、致命的な嘘をきっかけにゲバ棒野郎たちの悪事に加担することになった三浪男の末路「ニセ学生」の全十五編(長い……)。

怪奇小説とあるものの、現代のビジュアルを駆使したホラーにすっかり馴れきった怪談ジャンキーには生ぬるいのにもほどがあるという作風ながら、その昭和臭さがタマらないといあ懐古趣味のロートルには激推しの一冊で、冒頭「三つの幽霊」などは、旅館の部屋に人がいる気配がある、足音がする、といった緩すぎる怪異ながら、熱海の旅館に出没する幽霊は一緒に泊まった三浦朱門も体験したというマジもんの逸品。作者はこの熱海の旅館がよほど気に入ったと見えて、続く「私は見た」ではここを再訪。しかしこちらは爆笑を誘う珍事を描いてジ・エンドかと思っていると、最後にさりげなく怪異を描いて幕とする構成がとてもイイ。

「時計は十二時にとまる」もこの「私は見た」の風格を引き継いだ一編で、爆笑度はこちらの方が上。タイトル通りに、時計が十二時に止まるという怪異をシッカと確認するため、幽霊屋敷に赴いた作者たちが目の当たりにした現象とは――という話で、怪異の出現する時刻に刻一刻と迫る緊張感に相反して“あること”が作者たちの側に発生し、そこから一転してサゲへと向かう構成が素晴らしい。

恐いという点では、怪異よりもどちらかというと人間の恐ろしさを描いたものが際だってい、なかでも「あなたの妻も」の後半で語られる話が凄まじい。兵庫県のとある町にある郵便局で働く平凡な女が主人公で、このヒロイン、はたから見ると恋に奥手な地味女かと思いきや、しっかりと彼氏がいて、また二人の馴れそめが映画館での痴漢行為というのが振るってる。しかし結婚して子どもができると旦那の素行は悪くなる一方で、ブチ切れた彼女が恐るべき凶行に出るのだが――。考えるだにゾーッとなるこの行為、そういえば望月あきらの怪作『カリュウド』にもあったなァ、と昔の漫画を思い出すものの、本作の方がその相手がアレなだけにインパクトは強烈。

怪奇小説としての白眉は「針」で、館の怪しい主から、留守中に庭の薔薇と鳥の面倒を見て欲しい、という、一見すると楽チンそうなバイトを引き受けた女子大生の物語。主から「二階の洋室のものには絶対に手をふれないでほしい。……できればはいらないでほしい」と言われるも、駄目、と言われれば覗いて見たくなるのが当然で、案の定彼女はその部屋に入ってしまう。そこで見つけたものがタイトルに絡んでくるのですが、ネタバレになりそうなので詳細はおくとして、帰宅した主の態度を考えるにつけ、留守中に彼女がしていた行為をすべて知っている様子。今であれば監視カメラで――と想像がはたらくものの、当時はそんなものもなかったわけで、だとすると……と考える読者の想像に委ねて恐怖を喚起する趣向が秀逸です。

「私は見た」と「時計は十二時にとまる」に見られた作者ならではのユーモアが爆発する「ニセ学生」も偏愛したい一編で、三浪男がまた東大受験に失敗するも、親には合格したと嘘をついた挙げ句、東大生のフリをしていて家庭教師のバイトまで始めてしまう。しかしそれを学生運動の闘士たちに知られてしまい――という話。情けない主人公の身に降りかかる受難と、それをきっかけに東大にたいする絶対信仰の呪縛から解きはなたれる清々しい幕引きが面白い。

タイトルにある「怪奇小説」に関しては、やや看板に偽りあり、と感じられるものの、ぞっとする話、恐い話、妙な話と、好短編揃いで、値段もお手頃。バラエティに飛んだ短編集を愉しみたい読者の暇つぶしにはうってつけの一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。