転生 / 篠田節子

ずいぶん前に刊行された一冊ながら未読だったことについ最近気がついて、手に取ってみました。篠田節子の作品は少し前まで電子本になっておらず、なかなか読むことができなかったのですが、最近は普通に手に取ることができるようになっているのは嬉しい限り。

で、本作のあらすじはというと、――舞台はチベット。不審死を遂げミイラにされたパンチェンラマ十世が甦り、小僧と中年運転手とともにインドへ亡命を試みるものの、途中で心変わりして引き返す中途で、中国政府によるトンデモない自然破壊計画を知る。バイク野郎も交えてミイラの聖者はその計画を阻止しようと動き出すのだが、――という話。

かの国の悪業を小説に託して活写した作者の命を心配してしまうほどにスリリングな物語なのですが、前半のコメディタッチと、計画を知ったあとの冒険活劇への変化がややちぐはぐに感じられるような気もします。このあたりの構成は『インドクリスタル』に通じるものがあるかもしれない。

もっとも『インドクリスタル』が上下巻の大長編なのに比較すると、こちらはコンパクトにまとめてあるぶん、物語は小気味よく展開していくのが好印象。また、甦った直後は女とモモのことしか頭にないという俗物丸出しのミイラ聖者が次第に意識を取り戻していき、かつての自分を省みて、ときに中国政府への毒舌を爆発させるところに快哉を叫んでしまったのも自分だけではないでしょう。

ただミイラ聖者の口を借りているとはいえ、ここまで中国政府に批判的な言動をぶちまけてしまってもいいものか、と心配してしまうくらいの激しさながら、世間の目はいまやウイグルに向いているので、過去の話とされているチベットについては没問題だヨ、ということになるのかどうか、――ともあれ『弥勒』と異なり、周恩来をはじめバッチリ実名を出してのミイラ聖者の怒りと不満の演説が、チベット僧としての意識を取り戻していくうち、聖者の慈愛を交えた言説へと緩やかに変化していく過程も興味深く、後半へ進むにつれ、計画阻止へと動き出すミイラ聖者の人間的強さを鮮やかに描き出していく見せ方が素晴らしい。

日本人は中盤に少しだけ登場して、この計画阻止を進めるツールを授けることになるのですが、日本人の登場はこれだけ。それでもメインとなるミイラ聖者に、幼さの残る小僧、中年運転手とバイク野郎が脇を固めた陣容もなかなかに素敵で、とくに後半の豪腕ともいえる展開はまさに作者の真骨頂。

ミイラ復活の奇蹟を当たり前のものとしながら、要所においては占いの卦が彼らの行動を精妙に決めていたりといった、オカルトと科学のあわいを背景に活かした物語の着地点も納得でき、からっとした余韻がとても心地よい。

アマゾンの紹介文に「2011年度芸術選奨受賞作家」とあるので、「まさか、こんな(政治的に)ヤバい作品で芸術選奨を受賞?!」と驚いてしまったのですが、これは自分の勘違いで、受賞作はこの前年に刊行された『スターバト・マーテル』とのこと。

とにかく色々とヤバい一冊で、冬季オリンピックに湧き立つ世間に横目に、作者の硬派な立ち位置を存分に堪能できる逸品を読むというのも面白いカモ、――しれません。オススメながら、そのあたりは取り扱い注意ということで。