死者の告白 30人に憑依された女性の記録 / 奥野修司

傑作。怪異をどうとらえているかによって評価がわかれるカモ、と推察される一冊ながら、個人的には非常に堪能しました。宮城のとある寺で、何十人もの霊に取り憑かれた女性を除霊するさまを描いていくなかで、憑依された女性の側からの視点と、除霊を行う住職から見た現象とを並べて、作者なりの感慨を付け加えていく、――という構成のノンフィクション。

まず記しておくべきは、作者の霊現象に対する立ち位置の素晴らしさで、憑依という霊現象をバッサリと否定するでもなく、あくまで眼の前に見えている状況を淡々と綴りながら、それを憑依された女性がどう感じているのか、――その主観的視点を交えて霊現象を繙いていくのですが、作者はあくまでそれをひとつの現眼ににある現象として、無闇に否定するでもなく、また肯定するわけでもない。観察者として頭に浮かんできた疑問のひとつひとつを、住職と憑依された女性のふたりに尋ねて、その答えを見出そうとするも、作者の“腑に落ちる”明快な解答を得られることはあまりない。それでも作者は眼の前の霊現象に対して否定にも肯定にも大きく傾くことなく、ただありのままにその状況を読者に伝えていこうという立ち位置を違えることなく、淡々と筆を進めていく。

除霊に対する住職の立ち位置が、オカルトを前面に押し出したものではないところも好印象で、それはひとえに、彼の除霊という行為のすべてが霊に向けられたものではなく、取り憑かれた女性をまず救いたい、という思いがあるからで、――この冷静な眼差しを通じて憑依という現象をとらえつつ、淡々と「作業」を進めていく住職の言葉のひとつひとつに抹香臭さは微塵もない。憑依された女性のときに感情的な言葉と対比させることで、霊現象そのものが現実的な出来事として次第に了解されていく構成がとてもイイ。

こうしたフラットな視点から霊現象が描写されているからこそ、後半のある箇所で、作者が身内の死について体験した霊現象をさらりと述懐するところは不思議な感動を呼ぶのでずか、この作者が体験した出来事は、とうてい怪談の“譚“として成立しえないほどに些細な現象ゆえに妙なリアルさがあるところに注目でしょうか。ま分の経験に照らし合わせても、「本物」の霊現象というのは、こういう取るに足らないものがほとんどなんだろうなア、と感じ入った次第です。

ノンフィクションですから、感動の押し売りのような趣向はないものの、それでも憑依した犬の話と、最後に出てくる憑依された女性自身の「決意」を促したある霊の話は感涙必至で、とくに犬の話は個人的体験も含めて号泣してしまいました。ペットの死を経験したひとがこの箇所を読むにはある程度の覚悟が必要かもしれません。

オカルト話を期待する方はスルーが𠮷、ながら、ノンフィクションとしての構成と作者の立ち位置から、日本人の死生観についてあらためて考えるのに格好の一冊といえるのではないでしょうか。オススメです。